オープンガバメント通信・第5回 今こそのエンタープライズアーキテクチャ


第4回では、行政機関が保有する飲食店の衛生検査データを利用した「Yelp」の事例を紹介した。この事例であらためて確認しておきたいのは、まず「Yelp」における衛生検査データの利用について、それが全米の主要都市を網羅しているわけでないこと、さらに「Yelp」がオープンデータのポータルサイトの構築などを行う「Socrata」と連携して、衛生検査データの公開を拡大するための活動も行っていることである。

これが意味するところは、公共機関が保有しているであろう全ての衛生検査データがオープンデータとして公開されていないということである。

世界的にも見てもオープンデータの取り組みで先行しているアメリカであっても、あらゆるデータがオープンデータとして提供されているわけではなく、連邦政府や州、市などで、その対応が異なっているということだ。利用できるデータが限定されるため、「Yelp」の事業戦略の上の意図があるとしても、全米の主要都市を網羅したサービス展開につながっていないのである。

オープンデータ公開の過程

ここで、どのように公共機関からオープンデータなるものが公開されるに至るのかを考える必要がある。

一番簡便な方法として、公共機関が保有しているデータをそれがオープンデータであるとして提供するという方法が考えられる。既に何らかのかたちでデータを外部に公開していた場合、それをオープンデータであるとするのである。

実際に、各種の統計情報のように、オープンデータに注目が集まる前からそのデータが各機関のWebサイト上で公開されていたものについて、ライセンス上の処理を施して、それをオープンデータとしてしまうという方法が採用されている。これは日本の自治体で広く採用されている方法であり、「市のWebサイト上に公開されているデータについては、それはオープンデータです」としてしまうのである。これは事実上、追加の作業がほとんど発生しないので、採用されやすい方法である。しかし、この方法では、既に公開されていたデータ以上のものは公開されないことになる。

どのデータを公開するのか判断が各機関で分かれ、さらにはデータの収集及びに保管状況にも差があるため、オープンデータの公開状況に濃淡が生じてしまう。それが結果として、先の「Yelp」の事例に見られるようなデータの網羅性の問題を生じさせ、企業間の連携によるオープンデータとしての公開を普及する活動を招来させるのである。

ただ、裏を返すと、これまでに指摘したように、日本とアメリカ、あるいはイギリスなどでオープンデータとして公開されているデータセット数に大きな差があるということは、これまでの公共機関におけるデータの扱い方に差があったことを示唆する。各機関でデータを整合的に管理していたか否か、その差が公開されるオープンデータのデータセットの量や質に影響を及ぼしている可能性があるのである。

Clinger-Cohen法

ここで、アメリカ連邦政府に関して、1996年制定の通称Clinger-Cohen法の存在に注目したい。同法はITマネジメント改革法と連邦調達改革法から成る法律だが、同法によって各政府機関のCIOにはEA(Enterprise Architecture)フレームワークの開発・推進・維持が義務付けられた。

EAについては、それを扱う論者によって定義が異なるが、字義通り「Enterprise 」は「組織」、「Architecture」は「構造」ということで、「組織の構造図」であると、ここではしておく。
EAについては、1987年にIBMのコンサルタントだったZachmanが提唱したフレームが始原とされ、このフレームワークを適用することをもってEAを推進したとされることもある。
Zachman が示したザックマンフレームワークは1992年に拡張版が提唱され、それによれば、What(データ) ・How(機能)・Where(位置関係)・Who(人員)・When(時間)・Why(動機)の六つのコミュニケーションの列とScope(範囲)・Enterprise Model(組織モデル)・System Model(システムモデル)・Technology Model(技術モデル)・Detailed Presentation(詳細仕様)・Functional Enterprise (実際の組織)の六つの具体化の行が交差する6×6の2次元の分類マトリックスから構成されている。このマトリクスに実際の組織の構成要素を当てはめることによって、その組織の構造の整理・分析を行うのである。

Clinger-Cohen法に基づき組織されていたCIO委員会により、1999年に、連邦政府エンタープライズアーキテクチャフレームワーク(FEAF)が策定された。そして、ブッシュ政権時の2002年に、FEAFを策定・管理する機関として、OMBの中にFEA-PMO(連邦エンタープライズアーキテクチャプログラムマネジメントオフィス)が置かれ、連邦政府にあってEAが実装されていくこととなったのである。この2002年は、連邦政府において、電子政府法が制定された年でもある。日本では、ブッシュ政権と言うと、9・11テロとその後のイラク戦争に目が行きがちであるが、内政では、この電子政府政策のように後世にもつながる取り組みがなされていたのである。

FEAFでは、Business Architecture・Data Architecture・Application Architecture・Technology Architectureの四つの体系ごとに現状の分析と改善の道筋が明確された。Business Architectureは業務改革を、Data Architectureはデータの標準化を、Application Architectureは組織間のシステムの相互接続を、そしてTechnology Architectureは採用される技術の整合化を、それぞれ指向するものである。

ここにData Architectureがあるように、アメリカ連邦政府においては、ブッシュ政権の時から既に政府内で保有・利用されるデータに着目して、その整理と管理を進めてきたのである。これが現在のアメリカにおけるオープンデータの取り組みに直結しているわけでは必ずしもないが、政府の業務やデータの保存や活用のあり方、組織間のシステム連携や採用する技術のあり方というのは、例えば日本政府におけるオープンデータの取り組みの中でも検討事項や懸念事項となっており、それらについて10年以上も前からアメリカでは検討されていたということで、この差は極めて大きな差であると言えるだろう。

ちなみに、2003年頃、日本でもアメリカの取り組みに触発されて、経済産業省が中心となって日本版のEAの実装を目指していたが、見るべき成果が出ずに立ち消えのようなかたちで終わってしまっていることを付記しておきたい。

オープンデータという取り組みのみに目を向けると、その背後にあった各政府の蓄積の差が見えにくくなってしまうが、本来は電子政府政策の中での取り組みとしてオープンデータを捉える必要がある。単にデータがたくさん公開しているのか否かを問うと、その評価を間違うことになるのである。


本田正美
本田正美


東京大学法学部卒、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。島根大学戦略的研究推進センター特任助教を経て、現在、東京工業大学環境・社会理工学院研究員、東京大学大学院情報学環セキュア情報化社会研究寄附講座客員研究員。専門は、社会情報学・行政学。電子政府に関する研究を中心に、情報社会における行政・市民・議会の関係のあり方について研究を行っている。

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