エルドアン大統領のリーダーシップと分断されたトルコ


エルドアン大統領(出典:CNN)

トルコは、東西文明の十字路として、地政学的な結節点として昔も今も注目されてきた。日本では、トルコへの注目度は必ずしも高くはなかった。近年、住友ゴムがトルコ中央部にタイヤ工場を開設するなど製造業の拠点として注目されている。トルコへの関心が高まったのも、トルコの政治家であるレジェップ・タイイプ・エルドアン氏の存在が大きい。

2003年、トルコではエルドアンが率いるAKP(公正発展党)が政権与党となって以来、エルドアンは首相そして大統領へ登りつめ、トルコの政治体制の転換を強権政治と欧米やトルコ国内から批判されてもものともせず、好調な経済成長により高い支持率を続けてきた。トルコの好調な経済成長のおかげで、この15年間で1人あたりの国民総所得は3,000ドルから1万ドルをこえ、とくにトルコ西部のイスタンブールでの所得はその倍以上であるのが実感できる。世界銀行の統計によると、トルコは国内総生産が世界第17位。オランダ(18位)、スイス(19位)を抜き、G20メンバーとして、欧州と中東との架け橋を自認する地域大国に成長している。

トルコは地域経済においてEU、ロシア、中東、アフリカへの中継拠点である。トルコはEUとの関税同盟(FTA)締結以降、欧州を中心にアジア、南米など29カ国との間でFTAが結ばれている。各地域の製造拠点としての役割を果たしている。人口約7,500万で平均年齢29歳と若く、旺盛な購買力に支えられ内需拡大とそれに伴う国内産業の発展を背景に貿易が拡大している。

トルコはイスラエルを除くと中東で唯一のOECD加盟国でもある。トルコの安定は地域のみならず、国際経済に与える影響も少なくない。イスタンブールがビジネスの中心であることは不変であるが、トルコ中央部のカイセリ市などで新興財閥や企業家が勃興しつつあって、「アナトリア・ドラゴン」とも呼ばれている。このアナトリア・ドラゴンはエルドアン大統領と与党AKPの支持母体でもある。

1923年のトルコ共和国建国で建国の父で初代大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクが共和国の基礎をつくった。その後引き継がれてきた共和国の国家体制は、エルドアン大統領の政治にとって大きく変貌しつつある。トルコではオスマン帝国での負の遺産の清算と新生トルコ共和国のすすむ道として、世俗国家(政教分離ではない、イスラムは政治と宗教を分離することはできない。公的な場所でイスラム色を見えなくすること)として、欧州のような国家建設を目指して近代化を図った。

しかし共和国建国から95年が経過すると、国是の「世俗主義」体制の維持の装置である国軍、大学などの高等教育機関、裁判所は、世俗主義を守るエリート層を形成するようになった。このような世俗主義の堅持する支配エリートに対して、エルドアンは非エリート層出身(黒海沿岸出身の父はイスタンブール移住の労働階層)として挑戦したのであった。イスタンブール市長時代には世俗主義への挑戦により拘留されたこともあった。彼の政治の目線は敬虔なイスラム教徒である普通の市民を大切にすることであった。

この大衆層の支持をつかむことを、とくにイスタンブール市長時代に行い、この人気から次第に政治の表舞台にでるようになった。エルドアンは、まず首相に就任しトルコの政治を動かした。トルコでは、大統領は国家元首として儀礼的な役割を演じ、実際の政治は首相が行うものであった。この政治体制をエルドアンは大統領となって変えた。トルコ大統領が米国大統領のような政治・外交を動かすことなった。

エルドアン大統領の与党AKP(公正発展党)の支持母体は、トルコ中央部アナトリア地域に圧倒的か支持が高い。その一方で最大野党CHP(共和人民党)への支持率が高いのは、イスタンブール、イズミルなど大都市があるエーゲ海、マルマラ海に面したトルコ西部。支持者が鮮明に分かれている。このCHPは世俗主義の堅持を謳う政党である。トルコではイスラムに価値をおく与党AKPの支持者と世俗主義を堅持する野党CHPの支持者との断絶は大きく、トルコ社会は二分されている。

2016年6月30日のクーデター未遂事件は、トルコ国民のトルコ軍に対する信用を失墜させ、エルドアン大統領への信頼と支持を一層高めることとなった。トルコ国軍は政治から超然としつつも、何度かのクーデターを通じて国内政治の混乱を収拾し、隠然として影響力が保っていた。このためトルコ国民もトルコ国軍を信頼してきた。また、トルコの政治家は国軍を聖域として踏み込むことはなかった。

クーデター未遂事件は、トルコ国民の国軍への信頼が失墜したのみならず、エルドアン大統領は国軍の将軍らの人事を完全に掌握することで国軍を掌握することができた。いままでの政治家が出来なかったことをエルドアンが実行したのであった。シリアはトルコの隣国でシリアの混乱は大量の難民の流入など影響を及ぼしている。エルドアン大統領はシリアの安定を望んでいる。トルコにより大きなマイナスな影響が来ないように、国軍をシリア国境を越えて掃討作戦を行っている。

ケマル・アタチュルクは「内に平和、外に平和」を堅持し、トルコが戦争に巻き込まれないよう努めていた。トルコはこれをずっと堅持してきたが、エルドアン大統領はこれを必ずしも守っていないとは思えない。ここにいまのトルコの危険性がある。確かに、トルコは経済的に発展している。オスマン帝国時代のような覇権を求めるが如く、地域大国として国内外の問題に積極的に関与している。このようなトルコの動きは、中東、ヨーロッパにも影響を及ぼすから眼を離すことが出来ない。


松長昭
松長昭


現代イスラム研究センター理事 慶應義塾大学大学院博士課程修了。文学博士。在トルコ日本大使館専門調査員、東京大学教養学部非常勤講師、笹川平和財団中東イスラム基金副室長などを経て現職。 専門はトルコ現代政治史と中央アジア・コーカサス地域研究。とくにユーラシア大陸に広がるトルコ系諸民族の歴史を研究。国際交流に貢献したとして聖マウリツィオ・聖ラザロ騎士団騎士勲章(カヴァリエーレ)を受賞。主な著作は『在日タタール人』、『アゼルバイジャン語文法入門』、『近代日本とトルコ世界』、『日中戦争とイスラーム』。

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