「アゴラの競合登場!“小さな政府×保守”の本格メディア誕生を歓迎する」


安倍政権の2017年をどう総括するか?昨年最後のテレビ討論に出演した際、共演者から耳を疑う一言が飛び出した。

「根本には競争市場主義。これを抑えないと資本主義の凶暴性を抑えられない。非常に不平等な社会になった」。

発言の主は、大ベテランの政治評論家。彼がとりたてて左派という印象はなかったが、安倍政権が“新自由主義的”であるかのような物言いには違和感があった。安倍首相の経済政策は、「働き方改革」「女性活躍推進」に代表されるように、民進党の支持層浸透という政略的目的もあいまって世界基準ではリベラルに位置する。そもそも、リフレ政策で異次元の財政出動をしてきているわけだから、欧米の左派も目を丸くする“超・大きな政府”志向といっても過言ではない。

私も大物論客相手につい遠慮してその場で異論を挟み損ねたことを反省したが、しかし、冒頭の一言が示唆するのは、この国の大手マスメディア(特にテレビ)の主流はあらためてリベラル的な価値観の人たちで占められていることだ。さらに、中高年を中心に冷戦型の「保守VSリベラル」という二者択一の政治観が根底にあって、いまだに政治の動向を表層的に報じているように思えてならない。だから、安倍政権を評価する際、集団的自衛権容認に踏み切った安全保障政策を批判する文脈で、「タカ派のアベが弱者に無慈悲な経済政策をしている」かのような雑な言説がはびこるし、外報でも、アメリカ大統領選でのトランプ当選や、イギリスのEU離脱を問うた国民投票での離脱派勝利が「想定外」になってしまうのだ。

既存メディアの亜流化が進むネット媒体への危惧

こういうときだからこそ、自由闊達に発信できるネットメディアの出番であるわけだが、困ったことに大手メディア系列のネットメディアは社内ベンチャー的な立ち位置とはいえ、政治的言説が既存メディアの亜流になっていることが目立つ。詳しいことはこの連載で後日書いていくつもりだが、近年マスコミ業界からネットへの人材移転が急速に進むようになったものの、移籍した人材の多くがリベラルメディア出身者ということも背景にあるのだろう。

しかも、大手のネットメディアやプラットフォームは、SNS展開の技術力や広告に投下できる資本力を持っているから、SNSやニュースアプリを通じて、既存メディア的な雑な言説が再生産され、拡散している。一例をあげれば、アゴラが追及したことで政界の注目を集めた蓮舫氏の二重国籍問題の際には、バズフィードジャパンハフィントンポスト日本版は、蓮舫氏に対し、擁護的な論調であり、日本最大手のプラットフォームで政治報道には中立的であるべきヤフーニュースまでも、蓮舫氏の不可解な言い分を垂れ流すインタビューを独自配信してアゴラの主張を封殺しにかかった(蓮舫氏が二重国籍だった事実が確定した後も記事は訂正していない。※2017年12月末時点)。

念のため付言すれば、あの問題をアゴラが追及したのは、野党第1党党首が国籍法違反と公選法違反(経歴詐称)の疑惑があったからだが、上記メディアや朝日新聞などは人種差別論へのすり替えが目立った。しかし、経済文脈で国籍問題を振り返れば、アゴラの論調としては、政治家の二重国籍は“国益相反”を防ぐためにオーストラリアなどと同じくNGであっても、一般市民の多重国籍については人材のグローバル化の現実にあって制度改正には容認的だった。朝日新聞などのありきたりなリベラル文脈で単純に論じてきたわけではない。現実は錯綜している。いまの日本にリアリズムで政治と経済を語れるメディアは少ないことを、身をもって痛感した。

日本の既存メディア、大手のネットメディアの潮流がここまで書いてきた状況にあって、アゴラは2009年に創刊している。私が編集長に就任した近年こそ、政治メディアのイメージが強くなったが、当初は、「経済」「ビジネス」「情報通信」「メディア」を主な領域とし、政策担当者、ビジネスパーソン向けの“中級”のオピニオンメディアとしてローンチ。創設者の池田信夫氏の哲学を反映し、主要執筆メンバーが小さな政府的価値観で経済政策を論じる希少な存在だった。

ライバルでもUrbanFolksを歓迎するワケ

今回、アゴラでトランプ当選を的中させた渡瀬裕哉氏が「UrbanFolks」を新たに立ち上げると聞いた時は、率直にいって「これはアゴラの強力なライバルが誕生する」と脅威に感じた。が、同時に心から歓迎したい思いもある。自由経済・自由市場の実現を一丁目一番地とする、アメリカの本場の正統な保守主義を日本に輸入しようという渡瀬氏の理念に賛同するし、アゴラがポジショニングするマーケット(図参照)の拡大のためにも、有力なライバルが必要と考えるからだ。

この図にあるように、経済政策文脈での「政府の大小」、安全保障政策文脈での「保守(=現実的政策志向)VSリベラル(=ガラパゴス護憲主義)」の二軸で、各メディアを分類すると、既存メディアや亜流のネットメディアの大半は「大きな政府」もしくは「リベラル」に著しく集中している。左派リベラルが「大きな政府」志向なのは言わずもがなだが、保守系とされるメディアにケインズ主義的なアベノミクス容認が多いことも日本の特徴だ。

これらメディアのメインストリームに対し、「小さな政府」「保守」のゾーンで勝負しようという意識が明確なメディアは、アゴラくらいだろう。ただし、よく言えば「ブルーオーシャンでの孤高」、悪く言えば「孤立無援」というのも事実だった。しかも編集部数名の零細経営でしかなく、この先、大手メディアに伍して、このマーケットのパイを一定規模までに拡大させていくには、有力な競合も必要になってくる。

年末になり、トランプ大統領の側近、スティーブ・バノン氏が、自ら経営するブライトバートニュースの日本版への意欲を示したことも明らかになったが、アゴラも、UrbanFolksも、バノン氏の「オルトライト」的発想とは距離を置くものの、ブライトバートが日本に上陸すれば、経済文脈での小さな政府主義を標榜する保守メディアの有力プレイヤーとしては面白い存在になろう。

好むと好まざるとに関わらず、今後の少子高齢化で税収が縮小していく近未来の日本は、小さな政府でやっていかざるを得ない。そんな時代に後半生を生きていかなければならない、40代以下のリアリストな読者たちに価値ある情報を提供していく意味でも、上記3媒体で切磋琢磨することが、メディア市場における「小さな政府×保守」ゾーンを拡大し、日本のメディア業界に変化を迫る起爆剤になるのではないだろうか。いや、そういう方向へと導いていかなければならない。

連載では、「なぜ日本で小さな政府のメディアがウケないのか」という問題や、日本のネットメディア史についてもう少し解説していく予定だ。

※本稿は新田個人の見解による外部メディアへの寄稿です。必ずしも所属先を代表するものではありません。(了)


新田哲史
新田哲史


アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長 1975年生まれ。読売新聞記者(運動部、社会部等)、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政治家の広報PRプロジェクト参画を経て、2015年秋、アゴラ編集長に就任。数々のリニューアルを仕掛け、月間アクセス数も3倍増となる1,000万PVを1年で達成した。 著書に「朝日新聞がなくなる日 - “反権力ごっこ"とフェイクニュース」(共著、ワニブックス)、「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)等。

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