オープンバンキング – 英政府主導の金融イノベーション政策とは


イギリスでは2014年から財務省主導でオープンバンキングの試みが推進されてきた。これにより2018年1月よりイギリスの大手銀行は、APIを通じて顧客の口座情報等に関するデータを、イギリスの金融庁にあたるFCAより認定を受けた他の企業等に提供するという仕組みが整備された。(対象となる主要9行:アライド・アイリッシュ銀行、アイルランド銀行、バークレイズ銀行、ダンスケ銀行、HSBC、ロイズ銀行、ネーションワイド銀行、RBS、サンタンデール銀行)

この取り組みでは、金融市場におけるイノベーションの推進と、それによる経済全体の活性化が目的とされる。背景には、銀行業界が寡占状態にあり、競争原理が活発に機能していないという現状がある。例えば、約85%の中小企業が大手五行に口座を保有している状態であり、同時に個人、法人ともに銀行口座の他社への乗り換えは3 – 4%ほどに留まると言われる。またテクノロジーの発展に対しても銀行業界が十分についていけているとは言い難く、経済全体や消費者の利便性にとってプラスに機能していない状態をイギリス政府は危惧している。

加えて、2008年の金融危機の際には、実際にこうした寡占状態の銀行が中小企業に対して円滑に貸し出しを行うことができず、実体経済の悪化に拍車をかけたことも、イギリス政府が銀行業界の現状を問題視している一つの理由と言われる。以前、執筆したオンラインの融資プラットホームが政府主導で推進され、サービスが広く普及していることにも、こうした政府の姿勢が強く関連している。

このオープンバンキングの取り組みにより、各行が持つ口座情報へのアクセスが可能となることで、例えば自分が持つ複数の銀行の残高を一つのアプリで管理できるサービス等の実現が予想される。また実際に、この仕組みを活用して、顧客に対してその取引先の財務状況をリアルタイムで表示、分析するサービスを提供するAccountScore等、様々なスタートアップ企業が関連サービスを開始している(画像はAccountScore社のWebsiteより)。

こうした新しいサービスの実現により、個人顧客の利便性が高まるだけでなく、広範なデータを用いた分析が可能となることで、中小企業に対して適正かつ従来より低い金利での融資が可能となったり、融資案件自体が拡大したりなどの効果が期待される(米国においても、フィンテックのスタートアップであるKabbageが、様々なデータを審査に活用し、柔軟な金利設定や、これまで銀行が融資できなかった比較的リスクが高い企業への融資を可能にしている)。この取り組みにより、貸し出しの増加等を通じて、結果としてイギリス経済を約10億ポンド成長させ、17000人以上の雇用創出が可能となると政府は試算する。

銀行にとっては政府から半ば強制的にデータの開放を求められ、スタートアップ企業等の競合の参入を手助けする形となり、必ずしも歓迎される政策ではない。とはいえ、銀行が自らイノベーションを促進できるのかというと非常に難しいとの見方が一般的となる。元大手銀行のCEOの話では、銀行幹部もイノベーションの大切さは理解しているが、それが非常に苦労して上り詰めた自らの地位を危うくすることもあるため、取り組みにくい構造となっていると言う。例えば、データ活用とAIにより審査が自動化されれば、自ら統治する審査部や支社の人員が大きく減り、他部署に比べて相対的な発言力、政治力が下がり、今後の昇進や昇給に影響しかねない(欧米の大手金融機関ではこうした非常に政治的な力学で物事が決まるのは珍しくない)。

このような組織としての構造的問題も理解したうえで、イギリス政府は多少強引に見える取り組みを進めていると思われる。同時に、技術革新の波に乗らないと容易に凋落することを欧州の覇権争いの歴史から学んでいるように見える。かつて産業革命によって、他の強国を突き放してきた成功体験より、イノベーションの大切さをしっかりと理解しているのだろう。

追記:先日、MBAのフィンテックの講義を受講した際、世界の動向を紹介する資料に東京の名前が載っていなかった。一般的な金融市場の話ではドル、ユーロ、円がテーマになることが多いのでおかしいと思い、資料のデータにバイアスがかかっているのではないかと教授に聞いた。するとやはり東京がフィンテックの取り組みが盛んな都市として名前が上がることは稀だという答えだった。ある程度はわかっているものの、改めて世界から取り残されていく現状を目の当たりにするのはやはり悲しいものだ。


山中 翔大郎
山中 翔大郎


国際機関等でのインターンシップや難民支援の社会起業立ち上げを経験。急速に進化するテクノロジーの活用による国内外の様々な課題解決を目指す。一橋大学大学院社会学研究科修了。外資系投資銀行、ケニアの投資ファンド勤務を経て現在はロンドンビジネススクール、ファイナンスコース在学中。

山中 翔大郎の記事一覧