スポーツ現場のリアル・第2回 ハリルホジッチ監督解任における外国人との「コミュニケーション」の前提


敬意が足りない。
日本の礼節はどこにいった。
コミュニケーション不足は協会では?
解任の目的を明確に説明しないとは失礼ではないか。

「(多少の)コミュニケーション不足」を理由としたサッカー日本代表ハリルホジッチ監督の解任騒動、私もここで文章を書きましたが、大きな反響がありました。日本サッカー協会の対応についてもネットではかなりの批判も見られました。それが上記のような意見です。さらに先日来日したハリルさんは成田空港にて記者団に「私はゴミ箱に捨てられました」と涙を浮かべ語りました。

悲しい出来事でした。

個人的には解任は仕方がないと思ってはいますし、元監督のフィリップ・トルシエさんが言うように「日本ではスポンサーや大企業がフットボールに関わっている」面もいくらかはあるのかもしれません。
サッカー協会の勇気ある決断を尊重したいところですが、気になったことがあります。この解任騒動で見えてきた日本の問題について書きたいと思います。

 

◇ハリルホジッチ監督という人間の理解は足りていたか?

ハリルホジッチ監督という人間を理解していたのかという点で、我々日本国民の理解不足を改めて感じました。

日韓ワールドカップで日本代表を導いたフィリップ・トルシエ元監督の通訳であったダバディさんが「プライドはすごい」「ボスニアでは国民的ヒーローであり、フランスでもスーパースターなのだ」と語っています。キャリアを見ればそれは明らかです。ハリルホジッチさんがボスニア・ヘルツェゴビナやフランスの「国民的英雄」であったのです。

また、彼の人生やキャリアを知識としては知ってはいても、どれほどその意味を理解していたでしょうか。

【出典】「ボスニアヘルツェゴビナ国旗」(外務省HP)

基本的な前提として、

◆ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争:3民族による三つ巴の内戦、「民族浄化」、死者 20万人,難民 250万人
◆ボスニア・ヘルツェゴビナは2つの自治共和国からなる連合国家:民族はボシュニャク系(50.1%),セルビア系(30.8%),クロアチア系(15.4%)、ハリルホジッチさんはボシュニャク系
◆イスラム教,セルビア正教,カトリックと多民族・多宗教の国家でハリルホジッチさんはイスラム教徒
◆モスタル市:ボスニア・ヘルツェゴビナでは5番目に大きな都市。クロアチア人とボシュニャク人の大部分はネレトヴァ川を挟み別々に生活。ハリルホジッチさんは14歳の時に移住、市内チームで選手・監督を務めた

を知らないと理解が始まりません。

さらに「何度も死にかけた」人生、そして、フランス人として生まれ変わり、這い上がったキャリアなどなど、この誇り高き人物の人生は知れば知るほど深く、そして、重いものです。

【ハリルホジッチさんの人生・キャリア】
息子さんが明らかにしていることを含めてまとめてみます。

〇ヴェレジュ・モスタルでは通算207試合出場、103ゴール、強烈なキックとヘディングが印象的なストライカーとして活躍
●ユーゴスラビア代表では15試合に出場して8ゴール、レッドスターやパルチザンなどの名門チームの選手でなかったためあまり優遇されず
(ルール上)28歳になり国外へ。ナントで2期フランスリーグ得点王として活躍、リーグ優勝やフランス杯準優勝
〇パリ・サンジェルマンでプレー
〇1982年、スペイン・ワールドカップ出場
〇古巣のヴェレジュ・モスタルで初めて監督に
●ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争:目の前で友人が死亡、家の前で銃撃戦、自身も重傷を負う
●自宅とカフェ、レストラン、衣料品店など店舗が略奪、放火された
●財産の大半を失い、パリのアパートへ
●指導者資格をフランスで取りなおす
●ボーヴェ(フランス2部)で監督業を再開、1年で退任
●Bミュンヘン、ドルトムント、ユベントス、アヤックスなどで無給の研修生として勉強
〇モロッコのカサブランカで成功
〇フランス国籍も取得
〇リールで監督して活躍、2001年にはフランス年間最優秀監督
●コートジボワール代表監督として南アフリカワールドカップ出場権獲得も直前で解任
〇2010年:クロアチアリーグのディナモ・ザグレブ監督としてリーグ優勝
〇アルジェリア代表でブラジルワールドカップ「ベスト16」
〇日本代表をワールドカップ出場に導く
●解任される ←今ここ

特に人生のポイントは、42歳の時。フランスでも仕事がなく、再起を図っていたことです。「3年間は無職だった」「Bミュンヘン、ドルトムント、ユベントス、アヤックスなどで無給の研修生として、いつも1、2カ月ほど家を空けていた」「各クラブの監督に頭を下げて密着し、指導者のノウハウを苦労して学んでいた。モロッコのカサブランカから声がかかるまで」と息子さんが語るように、今でいう「学びなおし」をして、知識と技術を磨いていました。しかも、内戦ですべてを失った後に、です。

こうした苦難を克服し、サッカー界に戻ってきました。こうした人間が自分の仕事に相当の誇りと情熱を持っていたことは言うまでもありません。アルジェリア代表での成功の裏に、ハリルさんの徹底的な仕事ぶりがあったことはよく言われています。

前述のダバディさんは「仕事に対する彼の厳格さと同時に、周りのスタッフにかける半端ない圧力を何度も垣間見た」と語っています。

 

◇外国人には「さん」付けしない内輪の論理

さて、我々のハリルホジッチさんへのリスペクトの足りなさは、彼の人生を理解できないこと以外に、我々の国際感覚にもあるのだろうと思います。

筆者がずっと気になっていたのは、日本社会の外国人に対する行動論理です。皆さんそうですが、テレビでスポーツ選手が外国人選手に対して何と言うかについて気を付けたことはありますか。

皆さん「ハリルが」「ハリルホジッチが」と言います。

たいてい日本人に対しては、年上の場合は特に「○さん」「○選手」とさん付けします。しかし、外国人選手にさん付けする人は滅多にいません。日本人には年上なら当然、年下でも部下ならそうしたことを求めるのにもかかわらずです。
「クロマティが」「エムボマが」「ベッカムが」等々。

さん付けされるのは「オシムさん」「ジーコさん」といった長老の場合に限られます。

このダブルスタンダード。日本人に対しては厳しく課すルールを外国人選手には適用しないのです。外国人への敬意はそこには存在しません。組織の構成員には優しいものの、外部にはとても冷たい日本社会の縮図がそこにはあります。

 

◇27日の記者会見は注目

ハリルさんは27日に日本記者クラブで会見します。記者クラブに入っていない私たちは取材できませんが、そこで何を言うかに注目しています。

手元にあるnumber誌にはハリルの10原則があげられています(2016/6/16, 879号)。そのうち、3つの大きなポイントについて筆者のコメント(→)を入れてみると・・・・

  • 勝利への追及:→徹底的に勝利を求める
  • 完璧主義:→妥協を許さない厳しい指導
  • 競争原理:→実績や名前にこだわらない競争を促す

これだけの哲学を持った人であるから、生半可な理由での解任はそれは受け付けないでしょう。それまでに、サッカー協会は丁寧に説得するしかありません。

コミュニケーション不足による解任を納得させるためのコミュニケーションが必要です。

とてつもない、勇気ある決断をした協会にもその点は頑張ってもらいたいです。それが、相手へのリスペクトだと思います。

解任の納得を得られる対応ができたら、会見内容も変わってくるでしょう。ハリルさんの原則と現実の違い、日本サッカーの課題などをじっくり話してもらえることでしょう。どうなるか要注目です。
解任をめぐる批判ではなく、ハリルさんの日本サッカーへの思いや考え方をじっくり聞ければいいのですが。

 

◇さあ、ススメ日本代表

さて、ハリルさんの話や検証も大事ですが、当面はワールドカップです。サッカー日本代表は、コーチングスタッフを一新。日本人を中心にしたチームであたることになりました。

サッカー界のレジェンドである三浦知良(KAZU)選手は言っています。

「契約を切った側も切れれた側も、選手も苦しみは同じ。誰かを責められるだろうか」と。

まさにそうです。

既に「終わったこと」です。時は戻ってきません。今は、責任論を安易に口にするよりも、前を向くことが大事なのかもしれません。

上記の写真のように、コロンビア代表に喜ばせてしまうわけにはいきません。西野朗監督をはじめとするサッカー日本代表の活躍を心から祈っております。そして、この4年間を改めて笑顔で失敗も含めて検証できることも。


西村健


人材育成コンサルタント、NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、一般社団法人日本経営協会講師、未来学者。 慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア入社。 その後、日本能率協会コンサルティングで行政・民間の業務改革、能力開発を支援してきた。独立後、プレゼンテーション向上、人事評価制度構築・運用、キャリアカウンセリングなどのコンサルタントとして活動中。

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