問題は「孤独」~挨拶は馬鹿にできない?


先日読売新聞のニュースで「自殺相談のSNS設置、3割」というニュースがあった。自殺願望を抱く若者に対して、SNS相談をする事業。無料通信アプリ「LINEライン」やツイッター、facebook、相談・通報を受けられるアプリなど様々な形で声を聞いている。

東京都の平成28年の年代別死因、10代、20代、30代の死因のトップは自殺となっている(東京都福祉局HP)。

個人情報で大問題になっているfacebookに依頼するとは、個人情報保護の観点からどうかと思うが(筆者記事参考)、その取り組みは非常にまともなものだ。

問題は孤独さをどう対処するか

自殺の原因は色々ある。東京都の23区のデータを見て、10万人比のデータである「自殺率」で悪い順に並べてみると以下のような結果になる。人口10万人比で見ると、台東区が最も高く、次に板橋区、足立区となる。

この状況に対して、東京都も「東京における自殺総合対策の基本的な取組方針(平成25年11月改正)」を出して対策を進めている。

特徴としては

・30歳代以下の自殺者が全体の約3割
・全国と比較して、自殺者における若者の割合が高い
・平成28年において自殺死亡率が最も高いのは、70歳代前半の男性

自殺に至るまでに個人の事情は様々である。経済的理由などなど。ただ、薄く広く大きく作用するのが「孤独」という要因である。数年前にトイレで食事をする若者が問題になったが、その状況は益々進行、いや悪化している。

個人的にも孤独な生活をしていると、1日誰とも話さないと気が滅入るし、大きなショックを受けるとあーこのまま電車に飛び込んでしまたら楽だよ~と思うことはたまにある。私だけではないだろう。

孤独な生活は知らず知らずに私たちの心をむしばむ

そもそも、孤独感が自殺したい気持ちを促進する。相談できる人がいるだけでも、自殺の歯止めにはなるが、そういった抑止が効かないのが現代的な特徴である。他人と地域で挨拶をしているのかどうかがポイントになる。

□レベル1:親しい人とは挨拶する
□レベル2:知り合いとは挨拶する
□レベル3:目があった時は挨拶する
□レベル4:ちょっとぶつかったりしたら挨拶する
□レベル5:知らない人とも挨拶する

ケースバイケースであるだろうが、たいていの人がレベル2くらいだろう。別にそれがいい悪いの評価はしないが、多くがレベル1か2というのは「友達以外は皆風景」というこの都会のジャングルでは仕方ないことだ。数値を測定したことはないが、都市化の進行度合いと比例するだろう。おそらく調べても、我が国の地域社会・共同体はすでに崩壊していると言っても過言ではない現状を示すだけだろう。

ある1日をイメージしてみたが、こんな感じだ。

【出典】筆者作成

寂しく1人で食事し、知らないおっさんにいきなり理不尽なことを言われ、挨拶しても無視され、けがをしていても誰も配慮してくれない。たまに田舎に行って「あいさつ運動」をやっている自治体にいくと、ふいに子供に挨拶されて戸惑うことがあるが、その時になんだか心の温もりを感じるものだから不思議である。

挨拶度合いは地域差

神戸市で昨年World Data Viz Challenge 2017が開催され、筆者は所属NPOの代表として「データビジュアライゼーション」(情報の可視化)についてプレゼンしてきた。

その時調べたことは、挨拶度合いには地域差もあるが、世代差もあるということ。中でも、イメージと現実生活にギャップがあることが特徴だった。

【設問】以下のような住民同士のかかわりがどの程度ありますか。:住民同士が立ち話をすること
【選択肢】よくある、ときどきある、どちらともいえない、あまりない、ほとんどない)

「立ち話をすることはあまりない、ほとんどない」の割合はあわせて4.9%と少ない。立ち話をしている文化はまだあるのかと思えてしまう。しかし、以下の設問だと少し変わってくる。

【設問】ご近所づきあいについてお聞きします。立ち話をよくする近所の人は?
【選択肢】10人以上、5-9人、1-4人、いない

この結果が驚愕で、「立ち話をよくする近所の人はいない」割合は31.5%にも上る。実際、何人いるの?と聞かれると真実に近い結果になるということだろう。

話を戻して、この結果をどう見るか。

立ち話をできる人はしているが、それ以外はしていない、というかする人すらいないという現状だろう。立ち話ができる人はしているが、ほとんどできない人もそれなりにいる、それも30%。

挨拶が持つ無意識の効果

挨拶は侮れない。なぜかというと、無意識の効果があるからだ。会社でもそう。挨拶をすることは「相手の存在を認める」ということ。挨拶がないと、相手の存在自体を認めないということになり、場の雰囲気がよくなくする。

みなさん、中学生の時に「無視した」「無視してない」といったことで関係がぎくしゃくしたことを覚えていますよね?

挨拶しない人は、「面倒だし」「なぜ知らない人と挨拶するのか」ということを言う。それもそうだろう。しかし、地域社会とのかかわりということを考えてみよう。

挨拶があるかないかが、何かの時に効いてくることもある。筆者は何かあった時のリスク管理として挨拶をするようにはしている。先日、名前も知らないけど挨拶する方が、私が物を落とした時、「これ落としましたよ」と走ってきて、渡してもらった経験があった。

何を落としたかというと・・・それは携帯電話。ホント助かった!

挨拶くらいしなくても生きていけるのがこの社会だが、挨拶をした方が気分的にも晴れやかなものだ。

ただし、挨拶しても、年上の方から無視されることも多い。無視されたときの気持ち悪さはたまったものではないが、無視されても挨拶しておいた方がよいだろう。もし、何かあったときには、挨拶している関係の有無はやはり物を言う。


西村健


人材育成コンサルタント、NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、一般社団法人日本経営協会講師、未来学者。 慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア入社。 その後、日本能率協会コンサルティングで行政・民間の業務改革、能力開発を支援してきた。独立後、プレゼンテーション向上、人事評価制度構築・運用、キャリアカウンセリングなどのコンサルタントとして活動中。

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