THE-OTAKU議員:第4回 「いい加減、オタクのせいにするのはやめませんか?」


【出典】フリー素材、ぱくたそ


大田区議会議員のおぎの稔です。「THE OTAKU議員」第4回となる今回は、マンガ・アニメファンの通称である「オタク」な方々に対しての、メディアによる悲惨な事件との関連付けについて、記事を書かせて頂きます。

他媒体ですが、先日こちらの記事を書かせて頂いたところ、多くの反響を頂きました。

オタクはパブリックエネミーなのか? — 荻野 稔

少年少女を狙った残虐な事件などが起きた場合、メディアなどを通して、一部のマンガ・アニメを愛好する趣味の事を、事更に取り上げられることは珍しくなくなってきてしまいました。過日の事件報道では「犯人の友人がオタクだった」と報道をされたこともあり、ここまで来ると、なぜそこまでしてオタクを取り上げたいのか、理解に苦しみます。

私個人としては当然ながら被害者、ご家族、ご友人の方々などの負った痛みや苦しみ、悲しみは筆舌に尽くしがたいものであると推察するに十分な悲惨な事件であり、自分より弱い命を弄んだ犯人にも強い怒りを感じますが、だからこそ、原因を究明し再発を防ぎ同様の犠牲を出さない。その為、犯人の趣味・趣向を事更に強調しお茶の間を賑わすのではなく、犯人の境遇、動機、犯行に至った経緯に目を向けなければならないのではないかと考えています。

オタクバッシングの歴史

私の知っている限り、オタクとの関連付けの中で大きなものであり、かつ社会に影響を与えたものをいくつか列挙させて頂きます。

・東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1988-89年)

1988年から1989年に起きた事件。被疑者の名を取って宮崎勤事件とも呼ばれる。
宮崎勤の所持物の中に猟奇的なアニメや漫画、またホラー映画のビデオテープなどがあった事から、オタク趣味やホラー映画などの趣味と犯罪の関連性がメディアなどで取り上げられた。
また、現実と妄想との境界が曖昧で、犯罪に対する規範意識の欠落が「おたく」の特徴とされた。
この事件の報道の中で、宮崎勤がホラー映画のビデオテープを所持していた事なども関連付けられた事から、当該作品の販売に影響、ホラー映画のテレビ放送も自粛された。この事件は有害コミック騒動とも呼ばれるマンガバッシングにも繋がっていく。

被疑者として逮捕・起訴された宮崎勤は死刑判決を受け2008年、執行された。

・奈良小1女児殺害事件(2004年)

奈良県で帰宅途中の小学生女児が誘拐、殺害、遺棄された事件。被疑者として逮捕、起訴された小林薫の自宅からは、幼児ポルノビデオ、大量の幼児の下着類、およびダッチワイフが押収される。過去には幼児への強制わいせつでの前科があった。
一部メディアで、この事件の犯人はアニメや恋愛ゲームに没頭するフィギュアオタクであり、その動機を満たすために犯行に及んだ「フィギュア萌え族」の犯行であるとされたが、ダッチワイフは発見されたものの、小林薫の自宅からはいわゆる美少女アニメ、キャラクターのフィギュアは発見されなかった。
小林薫は死刑判決を受け、2013年、執行された。

・京田辺警察官殺害事件(2007年) 

京都府京田辺市で16歳の少女が警官である父親の首を手斧で切りつけ殺害した事件。
事件が発生したことを受け、ひぐらしのなく頃に解、スクールデイズのアニメの一部が放送休止に。
少女は動機について「父親の女性関係に数年前か疑問を抱いていた。ギロチンにしようと思った」と府警の調べに供述したとされる(毎日新聞大阪. (2007年9月19日)
少女は2008年少年院送致が決定している。

如何でしょうか?
特にオタクバッシングや漫画・アニメなどにも影響のあった事件を、Wikipediaやまとめなどを参照に、羅列してみました。年齢的に、私が覚えているのは、奈良小1女児殺害事件からですが、事件が社会に与えた影響はすさまじいものであったと推察されます。私自身、マンガ、アニメが好きなオタク少年であったことで、学生の頃に両親から「お前は同じ事件を起こしたりしないだろうね?」と言われたことも記憶をしていますが、事件から時間が経ち裁判なども終わってから改めて振り返ってみると、上記のような社会を騒がせた凶悪な事件は、本当に趣味趣向が起こした事件だったのか。当時のメディアの報道が事件、犯行の核心をついていたのか甚だ疑問です。

行政でも議論される異質な存在としての「オタク」

先ほどはメディアの話をしました。それでは、行政・公的機関でオタクをどのように扱ったでしょうか?
2008年に当時の石原慎太郎都知事の下で、東京都青少年健全育成条例改正案が議論された事があります。この条例改正を巡る問題は「非実在青少年問題」とも言われましたが、その当時、東京都の青少年を巡る問題を議論する場として、都が設置している東京都青少年問題協議会の中で、下記のような議論がされていました。

第28期東京都青少年問題協議会 第8回専門部会 平成21年7月9日(木)28-29Pより

「例えば児童に対する児童ポルノの愛好者の人たちが児童に悪影響を与えるとか、漫画の ひどいものが出ているといったら、その人たちはある障害を持っているんだというような認識を主流化していくことはできないものかというのをお話を聞いていて思いました。」

「漫画家の方たちがすごい議論を持ってきて、何とか法制化するという人たちに対して攻撃をするということだったんですけれども、どう考えても暴力で、エビデンスを出す時間もない、必要もないぐらい暴力ですね」

「子どもたちに対する性暴力を好む人たちを逃がしていくとしたら、障害という見方、認知障害を起している人たちという見方を主流化する 必要があるのではないかと思うんです。」

「子どものアニメだったらいいとか悪いとか以前に、この国は子どもたちを見殺しにする。これを許していることで、子どもたちの精神死、社会死状態を助長していくことになりかねないと思いますので対策論の中に、そういった障害、認知に対して障害がある、感性だけだ ったら、暴力だということがわかっているんだったら、証拠もないのにという議論を突破 できるような対策も考えていきたいなと思いました。」

なぜ、ここまでするのか。当時の東京都の会議の中で、特定の趣味趣向の人間を社会から理由をつけて排除しようとすることが堂々と議論されていた事に怒りと恐怖を覚えました。この議事録の影響もあり、条例改正に対する反対の機運が高まりましたが、今見ても凄い議論だと率直に思います。

趣味趣向ではなく、犯罪に至る経緯を社会がどう捉えるのか

オタクバッシングを巡る議論の中で「我々が批判しているのは一部の悪いオタクだ」という主張がされることもあります。「善良なオタク諸君は、身の潔白を示すために自分たちの中から悪いオタクを排除しろ」とでも言いたいが如く主張ではありますが、そうした内部闘争を図ろうとすること自体が、差別の分断の歴史の再現でしかありません。
千差万別、多様な表現を持つマンガ、アニメ、ゲームなどを含むオタク文化、オタク趣味それらを好むオタク趣味の方々をまとめて制御する事などほぼ不可能であり、マンガ・アニメ・ゲームが好きといった、きわめて広い範囲に及ぶ定義をもって、その中で人を「良いオタク」「悪いオタク」のように分けるのはナンセンスです。
マンガ・アニメが好きいわゆるオタク趣味(ここではメディアなどで用いられる狭義の意味で)を持ちながら犯罪行為に走る人が「悪いオタク」であると考えるのではなく、犯罪者個人が、たまたまオタク趣味を持っていたと考えるべきではないかと私は考えています。

個人の犯罪行為を趣味趣向と関連付けて話すのではなく、個人の問題は個人の問題として捉えるべきではないでしょうか?
かつては、文学、ミステリー、ホラー映画ファンといった方々が通った道でもあるのでしょうが、宮崎勤事件を発端に始まった、猟奇事件のオタク趣味との結び付けも30年。そろそろ「オタクが悪い」「オタク趣味のせいだ」で片づけるのではなく、なぜ犯行に至ったかという加害者個人の問題や、どうすれば犯行を防げたのかという防犯、安全対策の問題へと社会の議論のステージを変えていくべきではないかと思います。

皆様、如何お考えでしょうか?


荻野稔
荻野稔

大田区議会議員
非正規雇用、NPO活動で障害者支援に携わりながら、都議会議員秘書を5年務め2015年より現職(1期目) 表現の自由を守る政治運動にも携わり、2010年、石原慎太郎元都知事の知事提案条例の否決に関わる。

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