是枝監督が照らしたインビジブル(invisible)な日本


日本大学のアメリカンフットボール部に関する問題にすっかり話題を持っていかれてしまいましたが、5月は映画ファンにとって大きなニュースがありました。

第71回カンヌ国際映画祭で是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞のパルム・ドールを受賞、これは実に21年ぶりの快挙でした。

【出典】Photo by Keith Luke on Unsplash

カンヌ国際映画祭とはベネチア、ベルリンと並ぶ世界三大映画祭の1つに数えられ、毎年フランスで開催される世界最大の映画祭です。黒澤明監督など世界的に著名な映画監督らが受賞者として名を連ねています。

今回の受賞をサッカーのワールドカップで例えるなら、決勝までは行けなくともドイツやブラジルなどの優勝候補を下してベスト4に入ったくらいのインパクトとでも言えば良いでしょうか(比較対象が違いすぎて余計わかりにくいですが、とにかく素晴らしい偉業には違いありません)。

風が吹いた

カンヌ国際映画祭では公開前の作品が審査対象になるので、ビジネスとして成功したかではなく作品の質そのものが評価されます。

審査員は毎年入れ替わり(今年は史上始めて審査員9人中5人が女性になり過半数を超えた年になりました)それぞれの好みなどに合わせるといった芸当は非常に難しくなります。

ただし受賞作品には時勢に合わせたトレンドがあり、ここ数年の傾向を見ると難民問題や格差社会など世界的に広がる問題をとりあげた作品が続きました。もともとドキュメンタリー番組出身で、社会問題に深く切り込むことに長けていた是枝監督にとっては良い追い風になりました。

とはいえ有利な条件があっても最高賞を受賞するのは大変なことです。2001年から挑戦を続け、7度目にしてようやく念願のパルムドールを手にすることとなったのです。

日本の問題は世界の問題の一部でしかない

実際に鑑賞してみると、海外で評価された割には随分と日本人に目を向けた作品だなと思いました。現代が舞台でありながらどこか懐かしさを感じる風景は、メインとなる客層を意識しているようです。それに状況説明的なセリフもありませんので、日本で暮らしているならともかく、字幕だけでは審査員たちに細かいニュアンスが伝わりきらなかった可能性もあります。

それでも受賞できたのは、作品が提示している様々な問題が日本固有のものではなく、今の時代にとって普遍のテーマだったからなのではないでしょうか。

いつの間にか私たちは世界一安全な国で暮らし、世界唯一の文化を持ち、年金制度の崩壊や貧困の原因さえ日本独自の特別なものだと認識していたように思えます。

たしかに日本の年金システムは世界でもトップクラスの手厚い制度になるはずでした。かつて1億総中流社会と自負し、皆が豊かな未来を信じていた時代もありました。

しかし他の国に比べて優れていた(と思っていた)だけで、実際にはアメリカやヨーロッパ、シンガポールや中国、韓国といったアジア圏でも年金制度は導入されており、どの国も受給引き上げなどの問題は抱えています。貧困については日本が世界の水準に追いついてしまったわけで、世界中が同じように貧富の差の広がりを問題視し是正しようとしています。

今回の受賞は世界中に日本の問題を晒したのではなく、日本の問題が、世界が抱える問題の一部でしかないことを日本人自身が認識するために訪れた良い機会になればと思います。同時に、もう日本単独の取り組みだけでは解決できないほど深刻だという認識と覚悟を持たなくてはなりませんが。

是枝監督はこれまでの作品でも、社会に潜む闇を取り上げ続けてきました。以前はそれらが白紙の上に垂らした一点の黒い染みのように見えていたのですが、同じ監督が活躍している間に染みの大きさがどんどんと広がってしまったような気がして、とても恐ろしくなりました。

【出典】Photo by Erik Witsoe on Unsplash

作品の内容とは関係のない話題が落ち着くと、ようやく本格的に作品に対しての意見や監督が映像の中に込めた意味などが話し合われるようになりました。

映画自身には世界を変える力はなく、観た人に何らかの価値を与えることしかできませんから、もっと多様な観客層に向けた映画にだってできたはずです。それでもこの映画は日本から視線を逸らそうとはしませんでした。

是枝監督にとってパルムドールとは、名誉でもなく、利益でもなく、大きな話題として多くの人の目に留まる機会を増やし、本当に今の日本で良いのかと現状を問いかける、その目的の1つに過ぎなかったのかもしれません。

参考:世界の年金指数ランキング2017(MELBOURNE MERCER GLOBAL PENSION INDEX 2017)各国のランクは6ページ参照
https://www.mercer.com.au/content/dam/mercer/attachments/asia-pacific/australia/mmgpi-2017/au-2017-mmgpi-report.pdf?utm_medium=referral&utm_source=web&utm_campaign=mmgpi

参考:世界の貧困率 国別ランキング・推移
https://www.globalnote.jp/post-10510.html


林 克彦
林 克彦


ITエンジニア・コンサルタント、NPO研究員(専門:社会文化)。大企業からの独立後、フリーランスとして活動を始め、大規模システム開発などITエンジニア・コンサルタントとして活動している。その傍ら、映画産業のための支援活動を手掛けている。

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