<第3回>「マイクロソフト」 - 変貌するプラットフォーマー-(その2)


前回、OSと事務用アプリの覇者として「プラットフォーマー」となったマイクロソフトについて書いたわけですが、今回は2000年代後半以降の停滞ないしは転落、そしてそこからの復活の歴史を見ていきます。

イメージで言うと、ビル・ゲイツ=躍進、後任のスティーブ・バルマー=蹉跌、みたいに思われているわけですが、思い起こしてみればバルマーがCEOに就任したのは2000年1月ですので、2000年代のマイクロソフトの躍進はバルマーの統治下にも進んだわけです。売上高を3倍、利益を2倍程度にしたのですから、その手腕は数字だけで見れば一般論として決して批判されるべき数字ではないでしょう。在任中に、投資効率は別として後に収益の一つの柱に成長するXboxを育てたという功績もありました。

しかし、彼に対する評価ははかばかしくありません。それはインターネットビジネスの歴史の中で、2000年代から彼が退任した2014年までの期間というものが、あまりに大きな進歩を遂げた重要な期間であったということによります。巨額の投資資金を保有しているマイクロソフトがそういう進歩に尾いていけなかったこと、つまり機会損失の大きさがあまりにも膨大だったからということだと思います。
 
グーグルのサービス開始は1997年、フェイスブックは2004年、YouTube2005年、Twitter2006年、i-phone2007年、Airbnb2008年と言うことなので、プラットフォーマーであることに胡坐をかき、インターネット界における怒涛の2000年代に「無策だった」と批判されるのも仕方がないことのように思えます。

振り返ってみれば、ハードに進出せずに成功したという成功体験から脱却できず、スマホが主流となるインターネットデバイス普及に乗り遅れた、ということが最も大きな失策だったように思います。このあたりについては、既に多くが語られているので深入りはしないことにします。
むしろバルマーの後任として2014年2月にCEOに就任したサティア・ナデアによるマイクロソフト復活について、自分なりの解釈を試みたいと思います。

まずナデアの経歴を見て、最初に気づくことは「エンジニア」であるということです。バルマーがゲイツによって1980年にマイクロソフトに採用されたのが「ビジネスマネージャー」としてであったことが象徴的なのではないでしょうか?
ゲイツは元エンジニアだったわけで、一代間をおいてマイクロソフトはエンジニアに率いられる会社に戻ったのです。バルマーと言う人は今で言うところの「大秀才」だったようですので、多分リスクというものにも敏感、むしろ過ぎるほどだったと思います。在任中のバルマーの理屈では、恐らくプラットフォーマーとしての位置を盤石にし、利益も大きく伸ばしたことについて、自身としてはそれなりの自己評価を行っていたのではないでしょうか。

しかしながら、大秀才には、この時代、そしてインターネットというものの本質についてはあまり見えていなかったのかもしれません。インターネットは「指数関数」、あるいは「レバレッジ」というものが支配する、いわば人間の通常の「リニア」な感覚を超越した進歩が支配する世界です。
大秀才は賢すぎるゆえ、こうしたことは苦手だったのではないか?などと思ってしまうのです。

いずれにせよ、インターネット企業の創業者はエンジニア、あるいはプログラマー出身者が多いです。ゲイツ、スティーブ・ジョブス、グーグルのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン・・・・、ある程度大きくなった会社を「整える」ことはMBAホルダーなど実務家が良いわけですが、時には狂気が必要とも言える、インターネットビジネスの世界の場合、特に創業、そして2000年代のような時代には製品・サービスにこだわるエンジニアが相応しかったのではないでしょうか?

筆者自身、レバレッジの支配する金融業界(そもそも信用創造自体レバレッジですし、投資という資本主義経済の成長ドライバーも然りです)、ITベンチャー、スポーツビジネス(筆者がいた千葉ロッテマリーンズでは2005年以降、売上が倍々ゲームのように伸びていきました。放映権ビジネスや野球・サッカーでの世界的な選手の年俸ははっきり言ってクレイジーです)で働いてみて、この資本主義の良く言えばダイナミズム、悪く言えば常軌を逸脱した増殖スピードは大秀才には理解できないものなのです。

さて、それではナデアがCEOに就任した2012年前後のマイクロソフトの業績はどうだったのでしょうか?

まずは売上高と営業利益のグラフです。

出所:stockclip

売上だけのパッと見では、2015年度(決算はアメリカに会社にしては珍しく6月)にピークを付けたように見えます 。

しかしながら、マイクロソフトに対する世間の評価の端的な指標である株価推移を見ると、2009年度をボトムとして、2007年くらいからナデア就任の2012年くらいまでは鳴かず飛ばず、2013年あたりから評価がどんどん高くなっていっています。

出所:Stock Charts

これはWindows ユーザーでもある筆者の肌感覚に合致しています。Windows 2000以降、バージョンアップを繰り返すものの、ユーザー側にはさほどの違い、メリットが感じられず、「何のためのバージョンアップかわからない」という状況が続きました。OS自体の買換えは止め、PCの買換え時にその時々最新のWindows が入っている、と言うようにWindows ユーザーの行動パターンは様変わりしました。

そして、こうしたユーザーの姿勢に追随するマイクロソフトの大きな経営戦略転換が、2015年7月に実施された「Windows7とWindows8.1に対するWindows10への無償アップグレード」です。
 
これはこれまでのマイクロソフトのビジネスモデルの根幹である「Windows のアップグレードによって業績を挙げていく」という手口からの決別を示しています。

さて、そろそろ紙幅も尽きてきたようなので、次回はマイクロソフトの完結編として、再度グローバルスタンダード、プラットフォーマーということについて考え、ナデアが行ってきた改革の内容、その結果としての現状について書きたいと思います。


小寺 昇二
小寺 昇二

埼玉工業大学人間社会学部情報社会学科教授、大学院人間社会研究科情報社会専攻教授
2014年より埼玉工業大学人間社会学部情報社会学科教授、大学院人間社会研究科情報社会専攻教授。授業担当は「e-ビジネス論」「財務管理論」「スポーツ経営」「地域経営論」「現代経済論」「現代経済史」等。ラグビーチーム一般社団法人横河武蔵野アトラスターズ監事、埼玉県深谷市総合計画策定審議会委員。NPO法人日本公共利益研究所コンサルタント。

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