【第1回】Cool Tokyo ~海洋深層水で発電所からの温排水問題が緩和できる?


1.東京湾の発電所からの温排水がヒートアイランド現象の隠れた犯人か?

日本における火力発電所等ではボイラーで高温・高圧の蒸気を発生させ、蒸気タービンを回転させ、発電機をまわして発電する発電方式を取っている。蒸気タービンで使用された蒸気を冷却して水に戻すための低温側熱源として表面海水を用い、使用後はやはり海面に排水する。その際に許容される温排水の上限の温度は、元の表面海水の温度より7℃高いところまでである [財団法人海洋生物環境研究所, 2010]。東京湾は電力消費地に近いこともあり、火力発電所が10箇所以上稼働している。これらの発電所は東京湾の表面海水を取水して低温側熱源として使用し、使用後の温排水はやはり東京湾の海面近くに排水する。この温排水には火力で発生した熱量の3割程度が排熱として含まれる。東京湾の平均水深は17mである。また、およそ1~2ヶ月かけてようやく太平洋の海水と交換される [鈴木高二朗1・磯部雅彦2・下迫健一郎3, 2010]。すると、潮汐により太平洋の海水と交換されまでの間に発電所により東京湾の海水が温められていることになる。仮に、東京湾全体が一様に暖められると仮定すると、夏のピーク電力時に電所から温排水として東京湾に注がれている温排水は、それがない場合よりも1℃水温を上昇させることができる。実際には、夏場の東京湾は海面に低塩分の海水が溜まっており、その下の濃い海水とはなかなか混合しないので、温排水による海面の水温上昇は局所的には5℃を超えるであろう。
東京湾における過去の月ごとの海面、10m深、および20m深それぞれの水温および塩分の水平分布のデータを海上保安庁が公開している [海上保安庁, 2018]。それによると、8月には横浜市以北の表面水温は大部分が25℃以上で、荒川や多摩川の河川水に希釈されて塩分が低いところ(主に東京湾の西側)では28℃を超える。塩分の低い表面海水は比重が小さいため海面に留まり、直下の海水とはなかなか混合しない。そのため、塩分の低い表面海水が発電所で使用されたりして一度昇温すると、なかなか冷めずに海面に留まり、効率的に大気を温める。空気の比熱 1,007 J/(kg·K) と比べて、水の比熱は 4,183 J/(kg·K) と大きいので、東京湾の発電所からの温排水は排水量の、質量にして4倍、体積にして4千倍もの空気を同程度昇温させるだけの熱量を含む。

2.冷たい海洋深層水が近くにある

それでは、発電所の温排水の温度を下げる方法はないのか? 東京湾は出口から日本海溝に向けて急激に深くなっており、館山から十数kmの近いところで既に水深が千mに達する。そこから3.2℃の冷たい海洋深層水を汲み上げて東京湾表面水の代わりに発電所の低温側熱源として用いることを提案する。なお先行研究として、東京湾の海水を深層水で冷やすというアイデア自体は国立環境研の一之瀬が検討した [一之瀬 敏明, 2003]。
千m深からの海洋深層水には次の特徴がある。温度や溶存成分などの品質が年間を通して一定で安定している。清浄なため、取水管内に生物が付着しない。

3.どの程度の量の海洋深層水を汲み上げることになるのか?

東京湾の発電所すべての低温側熱源を海洋深層水で賄う場合、荒川や多摩川から東京湾に注ぐのと同程度の流量の深層水を東京湾に汲み上げることになる。その場合、取水管や送水管の口径は地下鉄のトンネル並みに大きい半径4mとなる(もちろん、複数の発電所を次々と通過すると順次使用後に東京湾に排水されるので、取水地点から遠くなるほど送水の流量は小さくなり、口径も小さくできる)。大口径の利点は二つある。一つは単位流量の送水に必要なエネルギーが小さくて済む。もう一つは、深層水が送水途中で暖まり難くなる。このような大口径管を地上に設置するのは邪魔で非現実的なので、地中を掘削して設置する方が経済的になる。

4.発電効率が向上するため取水・送水コストを取り返して余りある

低温側熱源が年間を通して安定して供給されることにより、発電所の発電効率は季節に依るが5%~20%向上する。これだけで、取水管や送水管の工事の減価償却費やその10分の1程度の取水・送水運用コストを超える化石燃料コストの削減になる。特に、夏場は、東京湾の表層水が前述の通り温まっているうえに、温排水でさらに加熱しているのが現状なので、表層水の代わりに低温側熱源として深層水を用いると発電効率が格段に上がり、夏場のピーク電力を賄うのに有利となる。それ故、ヒートアイランド対策にもなる。

5.折角、汲み上げた深層水を低温側熱源として利用後にもリユースできる

これについては、次回以降の記事をご期待ください。次の図に概要が記されています。

*本稿の図表は全て(株)デザインウォーター http://designwater.jp/ のご協力により提供されたものです。


角田晋也
角田晋也

マクロエンジニア(http://www.jame-society.jp/)。国立研究開発法人海洋研究開発機構地球情報基盤センター調査役。
東京大学教養学部基礎科学科第二(システム科学)卒業後、東京大学大学院在学中に米国シカゴ大学大学院Department of Geophysical Sciences留学(修士)、現在の職場に就職1年後博士(東京大学)。気候変動研究として北極海・インド洋他、国連海洋法条約の「海洋の科学的調査」、及びベクトル型スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」の利用推進等を経験した。環境データの流通促進に取組中。

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