「インターネットの歴史から考えるインターネットビジネスの本質」連載シリーズ<第7回>「グーグル」-「Don’t be evil.」-(その2)


【出典】フリー素材ぱくたそ

前回は検索エンジンの会社として創立されたグーグルのDNAについて、「Don’t be evil.」というスローガンを使って書きました。

このスローガンについては少し補足をしておかなければなりません。2015年にアルファベットを中心とした再編時に、新たに「Do the right things.」 と看板を少し変えた形となりました。従業員が85千人を抱える企業となったことから、より強烈な「Don’t be evil.」 から、同趣旨であっても、より柔らかい表現の 「Do the right things.」に変え、同時に現在では「グーグルが掲げる10の事実」として、より会社の経営理念(哲学)を示しています。下記「6」は(そして「1」も若干)、「Don’t be evil.」 の面目躍如ではないでしょうか。

1. ユーザーに焦点を絞れば、他のものはみな後からついてくる。
2. 1つのことをとことん極めてうまくやるのが一番。
3. 遅いより速いほうがいい。
4. ウェブでも民主主義は機能する。
5. 情報を探したくなるのはパソコンの前にいるときだけではない。
6. 悪事を働かなくてもお金は稼げる。
7. 世の中にはまだまだ情報があふれている。
8. 情報のニーズはすべての国境を越える。
9. スーツがなくても真剣に仕事はできる。
10. 「すばらしい」では足りない。

「Do the right things.」に変えたとは言え、世間も、そして社員たちも、この「Don’t be evil.」という強烈な言葉と、そこにある精神は社員一人一人のDNAに完全に浸み込んでいて、事業を進めて行く局面局面に顔を出してきます。

例えば、2010年の中国当局との折衝です。
2010年頃の時期、世界ではジャスミン革命など独裁的な政治体制への反対運動がインターネットの存在を媒介として盛んになりました。そして、自国への飛び火の危険を考えた中国当局は、インターネットサービスの巨人たちに中国共産党の一党支配に関する「インターネット検閲」の踏み絵を踏ませようとしたわけです。中国当局の要求を呑まないことは、中国と言う、巨大で成長している市場を失うことを意味します。ここでグーグルは他のIT巨人とは違う道を選び、敢然と中国市場からの撤退を決断します。

もちろんビジネスの内容が違うのでIT巨人たちの行動について、並べて比較するのはフェアではないかもしれません。しかし、例えばApp storeのビジネスで、中国当局の圧力によりVPN(仮想私設網)アプリを削除したアップルなどとは明らかに違う選択をしたことは明白です。
これ以降中国でのネット検索事業は百度(バイドゥ)の独壇場となるのですが、グーグルにしては中国当局への屈伏は、「魂を売る」ことを意味したのでしょう。もちろんこのことがグーグルと、そしてその検索エンジンのブランドイメージをより高めたであろうことは想像に難くありません。またグーグルを愛し、他のIT巨人の転職の誘いを断ったエンジニアたちにグーグル残留の意思決定を促すものとなったかもしれません。
理念というものは崇高であればあるほど、そしてそれを守るのが困難なときに守られることが会社のブランドを上げ、企業価値を高めるのです。

とにかくグーグルの経営陣にとっては、自社の検索エンジンについて1ミリたりとも「操作」の色が付いた途端に、企業文化≒ブランド、より具体的に言えば経営方針、社員の使命感、社外からの評判、はいずれ崩壊の道を歩むことになることを知っていたのではないかと思うのです。

さて、前回の補足はこれくらいにして、今回はグーグルの検索エンジンに関して、そのインターネットの進歩に与えた影響や、社会に与えた影響について考えてみたいと思います。

1990代インターネットの発展スピードは凄まじく、それに伴ってネット上のサイトの数は加速度的に増加していきました。筆者が記憶しているのは、「インターネットはもうゴミの山になってしまった」というある経営コンサルタントの知人の、当時の言葉です。インターネットの先行きに能天気に希望を見出していた筆者に、この言葉は刺さるような気がしました。

ところが、その後、その検索スピードと的確な順位付けによって、あっと言う間に検索エンジンの覇者となったグーグルのお蔭で、ネット検索は「突然」極めて有効な情報探索手段となったのです。

筆者は敢えて、「グーグルの検索技術は、インターネットをゴミの山から宝の山に変えた」と言いたいと思います。

これは、黄金を求めて穴を掘りまくり、川に潜る「砂金採り」に「神の手」を授けたようなものでしょう。インターネット上の大半の情報は、今でも不正確だったり、操作されていたり、重複ばかりでオリジナリティの乏しい「ゴミ」なんだと思います。もし、グーグルが高性能の検索エンジンを開発し、そして改善し続けていなかったなら、これほどネット検索が人々に行われることはありませんでした。ひょっとすると「インターネットは信用出来ない」とレッテルを貼られて、人々に使われなくなっていたかもしれません。

そういう意味で、グーグルのインターネット進化への貢献は非常に大きなものがあったと考えます。

そして同時に、「砂金採りよりも、砂金採りに熊手を売る方が確実に儲かる」というビジネスの喩えの通り、グーグルは着実に大きな利益を得ています。今回の冒頭に掲げた「10の事実」の6番目の「悪事を働かなくてもお金は稼げる」にあるように、グーグルは本当にスマートな会社なんだと思うわけです。

因みに筆者は2010年から2015年の15年の間に、8回位(事情が複雑、かつ多すぎて、正確に数えられません)転職を経験していますが、色々な会社、特に地盤も看板も社内のデータベースもないようなベンチャー企業でこのネット検索(「ググる」こと)についてひたすら研鑽を積んできました。現在の大学での仕事でもネット検索のスキルは非常に役立っています。アカデミックな教員はwiki なんかを毛嫌いしていますが、監視者がいて、出所がある程度書かれているwiki は宝の山だと思っています。実務家教員にとっては、100%の正確さよりも、90%の確からしさの情報が沢山ある方が利用価値があるのです。

工業大学の文系として、「情報」と「経営」の2本柱で実務情報を教える筆者が属する「情報社会学科」において、筆者は授業が始まるときに学生にこう言います。「君たちの中にはこれまで、『自分は勉強が出来ない』、と決めつけている者もいるだろう。でもかつて記憶力の良さや、初歩的な理解力の高さで、頭が良いと言われた人たちよりも、この学科で『情報』リテラシーに習熟し、ネット検索が瞬時にかつ的確に行えるようになりさえずれば、これからは、かつての秀才たちを追い抜くことも可能なのだ」と。もちろん最初、学生はきょとんとしていますが、段々真剣な表情になっていきます。

ネット検索に習熟すれば、人類の叡智をあっと言う間に手に入れることが出来るのです。そういう意味で、筆者はインターネットの本質の一つには「知の民主化」ということがあると考えているのです。

民主化とはもちろんグーグルが言うように、「世界中の人々全てが」と言うことです。秦の始皇帝の焚書坑儒、ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」の時代の教会図書館・・・常に「情報=知識」は権力の源泉でした。筆者が数社勤めた大企業においても、中間管理層の権力の源泉の一部は経営陣から降りてくる経営情報でありました。そうした権益をインターネット、そして会社内においてはイントラネットが、粉砕し、軽々と乗り越えてしまうのです。前述の中国国内における情報統制も、やはり中国当局がインターネットの怖さを熟知していたことが理由であることに疑いの余地はありません。

グーグルだけの話ではありませんが、「知の民主化」という意味では、これに関連したことでは「教育の民主化」というのも、インターネットの効用の一つです。発展途上国が最も力を入れている政策は「子供たちの教育」であり、貧困から脱出したい一般庶民が目指すものは高等教育を受けることです。かつては家族が団結して学費を稼ぎ、子供を高校、大学に入れることに必死でした。貧しい人々に唯一残された貧困の連鎖からの脱出だったからです。

しかし、現在はインターネットのお蔭で、やる気がありさえすれば、ハーバード大学を始めとする世界のプレミア大学の授業を無料で受講することだって出来るわけですね。

その際、グーグルとの関連で指摘したいのは、Android の2005年の買収です。もちろんグーグルにとっては、ビジネス上の観点から、i-phone対抗でスマホ対応を進めるというのがメインの目的であったと推測しますが、Android というOSを搭載したスマホ(つまりi-phoneではないスマホ)は、i-phone よりもずっと安価であり、グーグルという大企業に買収されたことによって、発展途上国でのシェアは圧倒的なものとなっています。Android の搭載による安価なスマホによって、発展途上国における「知の民主化」は着実に進展しているのです。

次回はグーグルのビジネスモデルの観点、すなわち広告ビジネスについて書いていきます。


小寺 昇二
小寺 昇二

埼玉工業大学人間社会学部情報社会学科教授、大学院人間社会研究科情報社会専攻教授
2014年より埼玉工業大学人間社会学部情報社会学科教授、大学院人間社会研究科情報社会専攻教授。授業担当は「e-ビジネス論」「財務管理論」「スポーツ経営」「地域経営論」「現代経済論」「現代経済史」等。ラグビーチーム一般社団法人横河武蔵野アトラスターズ監事、埼玉県深谷市総合計画策定審議会委員。NPO法人日本公共利益研究所コンサルタント。

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