都心から全国へ感染拡大中『カメラを止めるな!』口コミで広がる謎のゾンビブームを追え


2018年6月、都内某所。小さな映画館で1つの作品が静かに公開を迎えました。いや、迎えるはずでした。上田慎一郎監督作の『カメラを止めるな!』と名付けられた映画の噂は封切りと同時にコアなファンのみならず芸能人などにも広がり、一瞬にして人気に火がついてしまったのです。

映画が好きな人だけでなく、ビジネスリーダーも驚きのサクセスストーリー?そのブームの謎を追いました。

戦いは公開前から始まっていた?各地で盛り上げ認知度アップ

新宿駅東口にあるケイズシネマ。スクリーンは1つだけ、84席の心地よい空間で珠玉の映画を楽しめる映画館です。事前予約はできず当日に受付で整理券をもらう懐かしいスタイルは、インターネット予約に慣れてしまった身には少しハードルが高く感じます。

ですが事前に評判を聞きつけた人たちが次々と足を運び、公開初日から1日3回の上映が連日全て満席に。もう1つの上映館、池袋シネマ・ロサでもレイトショーにも関わらず大人気となっていました。SNS上でも映画評論家を始め多くの著名人が作品について言及し、最近ではAKB48の指原莉乃さんがツイッター上で絶賛。更に多くの人に作品名が知れ渡るようになりました。

実は今年の劇場公開までに国内外の映画祭へ出品といった積極的な周知活動を行っており、日本だけではなくヨーロッパなどでも高い評価を受け、凄い映画が生まれたという噂は徐々に広まっていました。2017年11月の初お披露目時もわずかな時間でチケットがソールドアウトするなどヒットする兆しも見えてはいたのですが、あくまでも知る人ぞ知るという程度。監督、俳優共に無名という不安要素もあり当初は週末に満席を目指し、平日は頑張って半分埋めようという戦略だったとか。

しかし、いざ始まってみればそんな消極的な見積もりを吹き飛ばすような快進撃。決して偶然ではなく念入りな準備が身を結んだ結果なのですが、制作側が想像していた以上に作品に対する知名度と期待は大きく膨らんでいたようです。

現在は上映館も全国8箇所に拡大し今後も増える予定ですが、ケイズシネマでは毎日開館前から行列ができるほどのプラチナチケットと化してしまいました。

真実は観てのお楽しみ!観客を巻き込んだハイレベルな情報統制

私が鑑賞する前に、すでに観たという周囲の友人に感想を聞いたところ、

「大爆笑でした」
「泣けました」
「驚きました」
「プロの仕事でした」

など、かなり抽象的でバラバラの答えが返ってきました。本当にゾンビ映画なのかも怪しいくらい、どう組み合わせても意味不明です。それに誰もが内容には一切触れず、まずは汚れなき眼で観て欲しいと勧めてきました。

この映画にはある仕掛が隠されており、知った人の誰もが驚くような構成になっています。全てを知った上で鑑賞するのもそれはそれでアリなのですが、まずはサプライズを楽しんで欲しいという気持ちが製作者だけでなく観客にまで伝わり、ストーリーの核心に触れる内容はインターネット上にもほとんど出ていません。しかもこれは不都合な真実を誰かが削除しまくっているわけでもなく、あくまでも善意による情報統制なのです!

ファンが自ら広告塔となり、キモとなる部分は必死に隠しつつ(本当は喋りたいけど)作品の良さを口コミで広げることで、面白いらしいけど何が面白いのかはわからないという好奇心をそそられる現象が起こり、人々が次々と感染し引き込まれているのです。

モノづくりに関わる全ての人へ!あきらめない気持ちから生まれた快作

公開前と公開後の作戦が見事に決まり、めでたくヒットとなりましたが、それも1つの作品としての完成度が高くなければ叶わなかったことでしょう。

まだ観ていない方もいるでしょうから詳しくは言えないのですが、確かに笑いあり涙あり驚きありと、とてもゾンビ映画とは思えない内容になっています。その中にはモノづくりに関わっている人間なら誰もが持っている「あきらめない情熱」がギュッと込められていました。監督だけでなく役者さん、それに制作に関わった全ての人が力を出し切って生まれたということがスクリーンを通して伝わってきました。やれることをやりきったからこその成功。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉が脳裏に浮かびました。

それに、周囲に気を使うことの多い映画館の中で声を出して笑ったのは何年ぶりだったでしょうか。観客全員が一体になって大爆笑する体験を(一人で声出して笑っていたら恥ずかしいだけですからね)満員の劇場で味わうことができて幸せでした。

幸運なことに私が鑑賞した回ではトークゲストとして『シン・ゴジラ』の樋口真嗣監督(エヴァンゲリオンでおなじみの庵野秀明さんは総指揮と脚本の担当です)が登場、上田監督と一緒にゾンビポーズで練り歩き、同じ映画監督という立場の方が驚きと嫉妬の声を挙げられ大盛り上がりとなりました。

樋口監督のような大御所も舌を巻く『カメラを止めるな!』もし機会があれば是非ご覧になってみてください。映画が好きな方もそうでない方も、きっと映画館で味わう全く新しい「体感型映画」に驚き、清々しい気持ちで劇場を後にするでしょう(ゾンビ映画なのに)。


林 克彦
林 克彦


ITエンジニア・コンサルタント、NPO研究員(専門:社会文化)。大企業からの独立後、フリーランスとして活動を始め、大規模システム開発などITエンジニア・コンサルタントとして活動している。その傍ら、映画産業のための支援活動を手掛けている。

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