「放送と通信の融合」への政策の「革命的転換」に寄せて─一社会学者の昔語り─


【出典】フリー素材ぱくたそ

7/15の日経新聞朝刊を、「総務省 NHKの同時配信容認」という見出しが飾った。YouTubeなど、ネットでの動画閲覧を当たり前のように行う若い世代には、遅すぎる決断というより、どれだけ報道の価値があるのか疑問に思う人が多いと思うが。。。

ブロードバンド以前から情報化にかかわってきた研究者としては、「15年かけて、やっとここまで来たか」という感慨がある。安倍内閣の政治手法には、批判的な言説が多いが、こうした大きな決断はやはり、一強と称されるほどの安定的基盤があって初めて可能なことだと思う。この政策転換は、従来の「地域別免許制度の下で構築され機能してきた放送業界のビジネスモデル」を根底から崩す可能性があり、それゆえ、NHKを除く放送業界から、時の政権に対する強烈なネガティブキャンペーンが発生する。それを押し切って政策の転換をするには、相当の覚悟が必要だからだ。

既に15年も昔のことなので、公表しても構わないと思うが、小生は2003年に総務省が行った「eまちづくり交付金」事業の評議委員の一人だった。座長は当時東大教授だった月尾嘉男氏。委員には全国から寄せられた事業案のコピーが配られ、一つ一つの提案について慎重に評価し、議論を行った。その際、小生が特に強く推したのは、長野県栄村のIPマルチキャスト事業だった。栄村は村独自の事業を行って活性化を図ってきたが、情報過疎の問題を解決しなければ、若者は残らない。村内にADSL網を張って、エンコードされた民放の番組を流したい。小生は、「何の変哲もない過疎の村の活性化の、先進事例になる」と述べて、他の委員の同意を得、採択されたのであった。栄村は実証実験と称して、これに参加する40戸の家庭にセットボックスを置き、10月からテレビ放送の配信を開始。これらの家庭では、これまで見られなかったテレビ番組を楽しめるようになったのである。

しかし、実験期間が終了し、事業化しようという段になって、大きな障害が立ちはだかる。放送法と著作権法の問題である。そして、この時点で総務省は、栄村の実験内容が「通信役務利用放送」に該当するとの判断を示さなかった。それゆえ、日本民間放送連盟は栄村に対し、「再放送に同意できない」との回答を行った。

ADSLによる放送コンテンツの配信は、リーズナブルなコストで必要十分な品質であったにもかかわらず、従来のビジネスモデルが改革あるいは解体される恐れがあったために、民放連としては認めるわけにはいかなかった、とも言われている。だが、これに対する村の行動は、見事なものであった。事業にすれば問題になるということなら、課金せずに垂れ流し続ければいい。事実上の違法行為だが、対象がわずか40戸では、訴訟しても割に合わない。こうして栄村の「事業」は、黙認状態が続いたのである。この事例は2005年に情報通信フォーラムで報告されるなどして、放送と通信の融合時代の先進事例となった。

その後、2010年になって、栄村には有線テレビジョン放送施設が設置され、全村で地上デジタル放送・衛星デジタル放送が受信可能となった。これに費やされた予算は五億を超えたが、6年の時を経て、「村をあげての違法状態」は解消したことになる。eまちづくり交付金はわずか1000万に過ぎなかったから、政府は違法状態を解消するために、その50倍の予算を拠出したことになる。法律を経済で語ることがナンセンスであることは明白だし、村人が品質のいい映像を楽しめるようになったことに異を唱えるわけではないが、果たしてそれだけの費用を、「第四の権力」と言われるマスコミ業界のビジネスモデルを死守するためだけに使うことに正当な理由があったのか、疑問を感じない人はいないのではないかと思う。

それから8年の後、すなわち、栄村の実証実験から15年の後の2018年の4月、ようやく政府は放送制度の見直しに向けた議論に着手した。6月には首相に答申案が提出され、7月には総務省が民放の反対を押し切る形で「NHKの同時配信」を容認する。こうして、小生が強く推薦し栄村で実施された事業の成果が、15年の時を経てようやく、国の政策に反映されるまでになったのである。放送法の改正に伴って、難視聴地域を放置し、東京への一極集中や地方の衰退の一因となっている「地域別免許制度」も改革され、新たなビジネスモデルが構築されるとともに、インターネットを利用した放送コンテンツの活用も進むことだろう。黒子として先進事例の実現に貢献した一研究者として、これから加速される放送ビジネスの、設備ビジネスからコンテンツビジネスへの転換が、サプライサイドの発想ではなくユーザーズサイドからの発想で組み上げられることを、祈るばかりである。


天野徹
天野徹

明星大学人文学部人間社会学科教授。
専門は、情報社会学・社会統計学・都市社会学。東京都立大学大学院博士課程単位取得中退。社会学をベースに、文理融合・問題解決の知のあり方を追求してきた。(財)あしたの日本を作る協会の委員として、webサーバーを立て、「地域づくり運動情報データベース」を構築・公開。社会調査の領域に、ハイパーテキストを活用したプレゼンテーション作りや、3Dモデリングによる景観シミュレーションを導入。東日本大震災の後、自ら提唱したコミュニティ・ネットワークの理論をもとに、災害レジリエンスを備えた社会システムと、それを実現するための情報システムを構想。PHP、Java Script、CSSなどを用いて、義援物資マッチングシステムと避難所情報収集システムを構築し、サービスを公開。現在は、インバウンド等の災害対策として、AIを活用した被災者・帰宅困難者誘導システムの構築・一時滞在施設確保のためのビジネスモデルの構築と社会実装に取り組んでいる。

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