Edtechと文理融合教育(1)ーSociety5.0を見据えた社会学者の奮闘記ー


【出典】フリー素材ぱくたそ

去る7/31朝のNHK「おはよう日本」ではedtechの特集が組まれ、小学生を対象としたアルゴリズム教育が紹介され、猿がバナナを取るために必要なアルゴリズムを完成させる事例について、子供たちが取り組んでいる様子が報じられた。小学生が分度器を使って猿の動きをコントロールし、見事バナナをゲットさせる様は、なかなかに微笑ましい。2001年宇宙の旅のオープニングでは、猿が骨を宙に投げるシーンから、唐突に、宇宙船が漆黒の宇宙を突き進むシーンへとジャンプするが、この子供たちが育っていく中で我々旧世代が想像もできないような人類の飛躍をもたらしてくれると、期待したいものである。

統計学とプログラミングが、これからの時代を生き抜く世代にとって必須のものである、と言われて久しい。ライフスタイルや価値観の多様化、経済のグローバル化とマーケットの変化の速さといった現実を前に、勘や経験そして人間関係に頼った経営戦略が無意味化し、大量のデータを迅速に分析・可視化して意思決定を行う必要が生じた。また、定型業務を自動化し、コストの削減とコアスキルへの資源集中を行うことが、企業の経営戦略の欠かせないポイントとなった。これからの時代を生き抜くためには、文理を問わずこうしたことを理解できる能力が欠かせない、ということである。

小生は量的調査と質的調査の双方に関わるようになって久しいが、この30年の間における、統計的な分析手法およびデータの可視化に関連する統計ソフトの進化は凄まじい。統計ソフトをブラックボックスとみなし、分析モデルを理解しなくてもソフトから出てくる数字を機械的に判断すれば、データを分析したことになることが批判されたのは遥か昔、今やデータの分析と称して、相関関係と因果関係を間違えたり、原因と結果を間違えたり、変数の意味を誤って解釈したり、グラフを細工したり巧妙なレトリックを使って印象操作が行われることも珍しくない。いくら言論の自由の国とはいえ、こうした報道が世論をミスリードする可能性は常に存在するのだから、どうにかならないものだろうか。

こうした惨状の大きな原因の一つは、統計学の分析モデルや、確率的な判断というものが、文科系の人に馴染みのないものだから、であろう。そして今ひとつの原因は、確率的な判断で用いられる確率分布のモデルが、文科系の頭では理解不能なものであり、また、文科系の頭でも理解できるような説明を行う努力が行われてこなかったからであると思われる。推測統計学においては、統計モデルと母集団と標本という三つの異なる概念を理解する必要があり、ギリシア文字、英アルファベット大文字、英アルファベット小文字という三つの表記の意味を理解しなければならない。さらに、標本の分散であってもs^2とvという二つの表記法があり、これらの記号がどうして分散を示すのに用いられるかがわからなかったりすることも、文系学生の統計学嫌いの原因となっている。要するに、嫌いだしわからないのだから、統計ソフトが導き出してきた数字の中で「わかるもの」「都合の良いもの」だけを使って判断する、という風潮が、今の日本の惨状を生み出してきた、ということなのだろう。

文系の学生にも統計学を必修にする、といっても、日本には統計学部というものがそもそも存在せず、文系脳にも理解できるように手取り足取り確率・統計を教えるまだるっこさに耐えられる統計学の専門家は皆無だろう。さりとて、統計手法を使ってデータ分析の経験を積んだ文系の研究者は、その大半が前述のように、文系脳で納得して使っているのではなく、ブラックボックスの使いこなし方を学んで業績を上げて職を得た人たちなので、彼らが教鞭を任せたところで、劣化コピーが大量生産されるだけなのではないか、と暗澹たる気持ちになる。統計手法の使い方を学び身につけることは、学ばないよりは遥かにマシではあるものの、本質的な部分を納得して理解しておかないと、使い方を誤っていてもそのことに気がつくことができない危険が常にある。そういう人が権威を持つと、特に権威に弱い日本人の体質を考慮すれば、だれも疑問を挟むことができなくなる恐れすらあるから、始末が悪い。
(小生は、量的調査で得られたデータについてカイ二乗検定を用いて分析し、論文を書いて教職に就いた「同門」の先輩研究者に、「カイ二乗分析って何をやっているか知ってますか」と聞き、返ってきた答えに愕然としたことがある。件の研究者は、なんと、「知らない。だってそういうことを勉強していたら、論文を書いて業績を上げる時間がなくて、就職できないから」と言ってのけたのだ。そして恐ろしいことに、小生の知る限り、こうした研究者や教員は、珍しくないどころか、あたりまえにいるというのが現実である。)

小生は大学に職を得て以来、「文系脳の学生にも納得して理解してもらえるような統計学教育の確立」を目指して、細々と研究を続けてきた。ほぼ10年の年月をかけ、様々な方の助けを得て、「コイン投げの確率分布からクロス集計表の分析に必要な検定理論まで」を、文系の学生にも納得して理解してもらうための試みは、二冊の書籍という形で一定の完成をみた。その後、早稲田社会学会の依頼により、ブックレットの執筆も行うことができた。しかし、「教養」というものが軽んじられ、効率よく「結果」を求める昨今の風潮の中、こうした営みの成果を生かすことができるのは、残念ながら小生が担当する講義だけとなっている。

統計学とプログラミングを文系学生にも必修にする、ということ自体は、「覚束ない未来」を生き抜いていくことを運命連れられた次の世代に対する、大人たちの責任といえよう。しかしながら、そのための教育が、本稿で紹介した社会学者のようなメンタリティをもった人を大量生産することになるとしたら、それは我々大人世代が次の世代を担うべき若者の育成を誤ったことを意味することになるのではなかろうか。誰もが統計学のテクニックを用いてデータを分析し意思決定を行えるような教育をしているはずが、「群盲像を撫でる」と同様の状態を招来させる結果にならないことを、ただただ祈るばかりである。


天野徹
天野徹

明星大学人文学部人間社会学科教授。
専門は、情報社会学・社会統計学・都市社会学。東京都立大学大学院博士課程単位取得中退。社会学をベースに、文理融合・問題解決の知のあり方を追求してきた。(財)あしたの日本を作る協会の委員として、webサーバーを立て、「地域づくり運動情報データベース」を構築・公開。社会調査の領域に、ハイパーテキストを活用したプレゼンテーション作りや、3Dモデリングによる景観シミュレーションを導入。東日本大震災の後、自ら提唱したコミュニティ・ネットワークの理論をもとに、災害レジリエンスを備えた社会システムと、それを実現するための情報システムを構想。PHP、Java Script、CSSなどを用いて、義援物資マッチングシステムと避難所情報収集システムを構築し、サービスを公開。現在は、インバウンド等の災害対策として、AIを活用した被災者・帰宅困難者誘導システムの構築・一時滞在施設確保のためのビジネスモデルの構築と社会実装に取り組んでいる。

天野徹の記事一覧