日本ネットメディア20年史・第2回 なぜ“小さな政府×保守”メディアが生まれないのか


第1回寄稿で、日本では「小さな政府×保守」を志向するメディアがほとんどないことを指摘してから印象深い出来事が2つあった。

1つ目は前回、掲出した「政府の大小」と「保守orリベラル」の4象限で分類した図が良くも悪くも一定の反響があった。そして、その中で「リベラル×大きな政府」でポジショニングした大手ネットメディアの編集長がSNSで記事をシェアした際に「自分たちは大きな政府支持だそうです」と分類されたことに違和感をにじませ、「印象論で色分けされて社会の分断が進んでいく」などと事実上の反論をしてきた。

大きな政府に位置付けた理由は前回書かなかったが、そのメディアは総選挙の頃に“超大きな政府”路線ともいえるイギリス労働党党首を推奨する経済学者の言説を容認するかのような特集記事を掲載している。百歩譲って編集部としての総意ではないという釈明もあるかもしれないが、しかし、リベラル系新聞社出身のインタビュアーによる批判的な記述は見当たらず、とても小さな政府を志向しているようには見えなかった。

編集長氏の反応について私と渡瀬主筆が軽く討議したが、こちらは分断する意図はなく、分類したに過ぎない。異なる考えを持つ人たちのコミュニティーが断絶していく「分断」と、価値観の傾向ごとに分ける「分類」は違うが、建設的に議論を進めていく上でポジションを分類することすら許されないのだろうか。

なお、渡瀬主筆池田信夫アゴラ研究所所長がすでに書いているように、ここ最近のリベラルな人たちの言説をみていると、むしろ結果的に「分断」する事態を招いているのは、彼らのように見える。#metooなどポリコレ的な価値観を表面的に直輸入して無用に対立構図を煽った結果のようにもみえるのだが、大手ネットメディアの編集長は私のような零細サイトと比較して社会的プレゼンスや発信力のケタが段違いだし、まだまだ私や渡瀬主筆はメディア界の「異端者」とみなされ続けられているのが相場のようだ。

バノン失脚で「小さな政府×保守」拡大の起爆剤は消滅?

それより大きかった動きは2つ目の出来事だ。第1回寄稿では、日本では弱小の「小さな政府×保守」マーケットを拡大するための起爆剤的な存在として、バノン氏が会長を務めるブライトバートニュースの日本上陸を期待した。ところが掲載からまもなくしてバノン氏が致命的な失脚をしてしまった(詳しくは渡瀬主筆の記事をご参照)。

バノン氏は昨年末に来日した際には、ブライトバートの日本進出に意欲を見せていたが、白紙になるとみていいだろう。日本国内の“オルトライト”勢力との提携で上陸する可能性もゼロではないかもしれないが、バノン氏はブライトバートの会長職を辞し、トランプ大統領に完全に見放されたわけで、求心力がない中での日本進出をしても難しいのではないか。

ただ、リベラル側から突っ込まれそうなので、念のため付言しておくと、バノン氏らの過激で排外主義的な物言いも辞さない“オルトライト”路線とは、アゴラもThe Urban Folks政治的価値観が異なる。それでも日本上陸に一定の期待をしたのは、日本のメディア界を見渡した時、「小さな政府×保守」マーケットがあまりに弱小なために、劇薬ともいえる黒船上陸のインパクトがあること自体は否定しないからだ。裏を返せば、それだけ、この国で「小さな政府×保守」志向のメディアを作っていくのは簡単ではない実態がある。

政治とメディアの動向はセットでみるとよく分かる

なぜ、日本では難しいのか。5年前、政治とメディアの関係を論じた著作もある鈴木寛氏(前文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)が私に指摘してくれたことがヒントになるので紹介したい。鈴木氏の議員退任間際、当時事務所スタッフだった私が「なぜ日本では政界再編がなかなか起きないのか」と尋ねると、鈴木氏には「政治とメディアの動向はセットでみるべき」と言われた。その時は、日本のメディア業界で再編が進まない背景をメインに議論したと記憶しているが、議論する中で“基本的原理”を思い起こさせた。

つまり、読売新聞読者には自民党支持層が、朝日新聞読者には民主党(当時)支持層が、それぞれ紐付いているように、政党の政策的価値観とメディアの論調は隣り合わせになっている。当たり前のことだが、「大きな政府×保守」と「大きな政府×リベラル」については、それぞれ支持者と読者がいるマーケットが伝統的に根強くあるが「小さな政府×保守」や「小さな政府×リベラル」は、政党もメディアでもマイノリティーであり、マーケットとしては脆弱だ。先の4象限マップは均等だが、肌感覚ながらマーケットボリュームは、図のように保守リベラル問わず「大きな政府」の存在感が圧倒的だろう。

国民もメディアも大きな政府路線に甘えてきた戦後

戦後政治史を振り返れば、東西冷戦下、70年代に革新ブームが吹き荒れ、美濃部都政に代表される革新自治体ではバラマキ福祉が横行。危機感を募らせた自民党は、国政選挙で左派勢力に負けないために田中角栄に代表される「大きな政府」路線に舵を切った。その結果、自民党は政権を保ち続けたが、高度成長期の果実を礎に、国民もメディアもバラマキ政策に甘えることに慣れきったまま、「失われた20年」に突入。しかし、一度甘えてしまうと、なかなか価値観を変えるのは難しい。

2000年代前半、財政タカ派の小泉政権が構造改革を断行し、90年代に処理しきれなかった不良債権の処理を進め、2000年代中盤のV字回復を遂げた。それまでの自民党政権と異なる「小さな政府」志向だったが、いつもは自民党政権に親和的な読売新聞でも小泉政権当時は違和感をのぞかせていた。渡辺恒雄会長兼主筆は、ことあるごとに小泉政権の経済運営の司令塔だった竹中平蔵氏を「新自由主義者」と強く批判。直接の理由は、ハードランティングな改革手法への批判からだったが、伝統的・融和的な自民党政治を知り尽くす渡辺氏からすると、小泉政権とは本質的にそりが合わなかったようにみえる。

出典:首相官邸サイト、渡辺恒雄著書『反ポピュリズム論』

その後、2000年代後半になり、小泉政権的な行革路線を先鋭的に提唱する、みんなの党や大阪維新の会などの「第三極」が台頭。「小さな政府×保守」志向で、一時的にブームをおこしたが、前者は5年で消滅。後者は大阪では根強い基盤を築いたが、大阪都構想の住民投票に敗れ、党首の橋下徹氏が表舞台から去ってから退潮傾向を止められていない。

ネットに新しい政治的潮流は潜むのか?

両者の共通点として、既存政党よりもコアの支持組織がないor脆弱で、無党派頼みという弱さがあるが、メディア視点でいうと、都市部を中心とし、年齢層も比較的若い第三極の支持層の受け皿となる論調のメディアが新聞やテレビなどの既存メディアに見当たらないことも大きいのではないかと筆者は見ている。

しかし、まだ政治的動きとしてはマイナーかもしれないが、社会人になる前からインターネットに触れていたアラフォー以下「ネット世代」に関しては、必ずしも既存メディアの論調に左右されなくなってきた。大阪都構想の住民投票では維新はネットも駆使し、若年層での都構想支持は上回ったとされる。最近も“モリカケ”報道で安倍政権の支持率がダメージを受けたとみえるなかで、若年層の政権支持率が高いことが話題になっていたが、そうした動きは、メディア界から新しい政治的潮流を作るヒントともいえよう。

今回は既存メディアの政治的論調を中心にみてきたが、次回は将来を展望する上で必要な、ネットメディアの歴史を振り返ってみたい。

※本稿は新田個人の見解による外部メディアへの寄稿です。必ずしも所属先を代表するものではありません。


新田哲史
新田哲史


アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長 1975年生まれ。読売新聞記者(運動部、社会部等)、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政治家の広報PRプロジェクト参画を経て、2015年秋、アゴラ編集長に就任。数々のリニューアルを仕掛け、月間アクセス数も3倍増となる1,000万PVを1年で達成した。 著書に「朝日新聞がなくなる日 - “反権力ごっこ"とフェイクニュース」(共著、ワニブックス)、「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)等。

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