【リベラル・アーツの本質】(第1回)リベラル・アーツの必要性


「人類は、なんでまだこんなに愚かなのだろうか?!」と、改めて思い知らされる悲しい数字がある。

その数字は、先月の8月9日に、国連総長としては初めて、長崎平和記念式典に出席されたアントニオ・グテ―レス国連事務総長によって改めて全世界に訴えられた。式典には、当然、日本の安倍首相、それ以外にも、核保有国の米露英仏中とその他の国々を含めて71ヶ国の代表が参列した。

1兆7000億ドル(約190兆円)?

その演説の中の数字は、以前にもNYの国連に訪問した際とかで聴いた事があり、左脳的な「知識」としてはあったが、改めて正確な数字を明示されると、右脳的な「驚き」から「怒り」を経て「悲しみ」に、そして、この時代に生きて居る人間、特に母国であり被爆国である日本人として、決していけない事と知りながら、「諦め」の境地に至ってしまいそうになる。あたかも余命を宣告された癌の末期患者の様に・・・。

その数字は下記のグテ―レス国連事務総長の発言にある(強調部分)。

「悲しいことに、被爆から73年経った今も、私たちは核戦争の恐怖と共に生きています。ここ日本を含め何百万人もの人々が、想像もできない殺戮の恐怖の影の下で生きています。
核保有国は、核兵器の近代化に巨額の資金をつぎ込んでいます。2017年には、1兆7000億ドル(約190兆円)以上のお金が、武器や軍隊のために使われました。これは冷戦終了後、最高の水準です。世界中の人道援助に必要な金額のおよそ80倍にあたります」。

悲しいかな、「人類は、永遠に戦争は止められない」という絶望的な事を言う人は少なくない。一体、何が人を戦争に駆り立て、果たして、どうしたら戦争の悲劇は、少なくても減少できるのであろう?

全世界的な縄張り争いと日本

小生がライフワークとして啓蒙し続けて居るリベラル・アーツの根幹的課題への「“What”だけではなく、 “How”」的アプローチである。

確かに昔から「性善説」に対して、「性悪説」と言うのが唱えられていた。人は、実は、あまり他人の痛みには共感せず、逆に「他人の不幸は蜜より甘い」とさえ言われている・・・。過去150年以上も前から世界各地で発掘され続けてきている中近東の石油は限られた資源の代表例の1つで、ちょっと前の同様の例では中国のレア・メタル等の独占化の動き、それに、ローマ・ギリシャ時代の敗戦し、衰退した都市国家からやアフリカからの奴隷や今日までの植民地や開発途上国からの半強制的な労働など、そして、それら全ての土台となる領土の繰り返される侵略・略奪の歴史がそれを裏付けている。これら「モノ」だけではなく、「思想(イデオロギー)」も、主に欧米発の宗教の布教と言う名目の全世界的な縄張り争いに関係し、今日までもずっと続いている。

局地的には、イスラエルとアラブ諸国が筆頭にあげられ、更に、隣国であるが故の移民問題からのゲリラ紛争、そして現在はテロ活動にまで拡大してきてしまっている。最近では、おそらく、この「モノ」と「思想」の2つとも関連している「情報」分野で、中国がグーグルを締め出す等のビッグ・データなどの奪い合い等にも発展してきており、果ては、地球外でも、情報戦争にも不可欠な衛星も含む「宇宙戦争」も既に始まっているそうである・・・。

一方、「不幸中の幸い」か、ストレートに「不幸」なのか、日本は、(比較的)単一民族(とされ)で、島国で、奪われる資源もなく、マスコミも偏った報道に終始し、何よりも、それらの状況(「永遠に(少なくとも今後15から20年間は)多民族との共存の可能性、国境や資源問題などの現状維持の可能性」に対する疑問)に殆ど危機感を持たないか、持ってもしかたないと思っている若者が大多数ではないのであろうか? 遺憾ながら、戦後の「奇跡」の高度経済成長の後、バブルを経験したが故に、ハングリー精神が世界平均水準から著しく欠けている日本人全般が、「物事を荒立てるのを善しとしない」文化にどっぷりと浸かって甘んじてしまっている。

日本の政治家やエスタブリッシュなサークルの方々も敢えて、マスコミを使って、そう仕向けているのかは定かではないし、陰謀論みたいな与太話だが、結果的に、官民の総一億、腐れ縁の「なぁなぁ」の関係が成り立ってしまったまま、もはや失われた30年が過ぎようとしている・・・。まさに「空気の支配」。

人間の本性を踏まえてのリベラル・アーツ

根本的に、人は、残念ながら「区別」・「差別」が好きなのだろう。 同じ日本人でも、出身地から学閥などまで様々な理由を創りだして、それを現代まで、誰もさほど声を大に出して疑問視せず、ずっと社会変革せずにきている・・・。最近、やっと日本大学のアメリカン・フットボール部の不祥事から、女子レスリングや女子体操、東京医大の女子生徒に対する不正入試、そして各省庁などの「空気の支配」(最近の流行語になった「忖度」)を初めとする古き悪しき年配者の独走・独裁にストップを掛ける動きがマグマの様に噴出してきたが、果たして、「臭いモノには蓋」や、「人のうわさは75日」的な表面的な対処の仕方で終わらされてしまわないか誠に心配である。何十年、いや百年に何回もない、せっかくの時代遅れの日本の旧体制に対する「変革」のビッグ・チャンスなだけに・・・。

だからこそ、今、リベラル・アーツなのだ。 いや、もっと早く社会に正しく認知、実践されていた方がベターだった。 何故なら、リベラル・アーツは、まず「問題・課題」を発見する。「今までは、こうだったが、果たして、これからもこのままでよいのか?」との疑問を絶えず呈する。そこにリベラル・アーツの現代における必要性があるのだと思っている。
(つづく)


武内隆明
武内隆明

山梨学院大学国際リベラルアーツ学部 学部長補佐
1961年、大阪生まれ。米の名門大学Williams Collegeを卒業。野村證券、外資系金融会社のウェリントン・マネジメント、ゴールドマン・サックスのアセット・マネジメント部門、UBSで活躍。チューリッヒ・スカダー・インベストメンツの副社長、プルデンシャル・ファイナンシャル・アドバイザーズ証券社長などを歴任。 2003年独立。投資会社を起業、上海でも経営コンサルタント会社を設立。Teach For Japan や 山梨県のInternational College of Liberal Arts (iCLA)のサポートに奔走し、現在に至る。ライフ・ワークは、アジアの若者へのリベラルアーツ教育の啓蒙活動。

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