【リベラル・アーツの本質】(第2回)多様化を許容する意味



今後は、ますます日本人以外の民族・文化と接する機会が激増する時代に突入してきている。 「クールな頭」で、異文化の多様性も認め、尊重し、将来の課題解決に必要な異なる視点の育成に「熱い心(精神・志)」を持って注力する必要がある。 そして、それらが「習慣」として心頭体に染みつかせる事こそが、グローバルで、そして、特に今後の日本の若者に有意義であると確信するが、それには一昼夜では無理で、どうしても年月がかかる。

昔は、隣の村まで3日間、徒歩で行くしかなかった村民は、殆ど、一生、自分の村の人達が世界の全てだったのであろうが、今の若者は、PCで、メールどころか、スカイプなどで、画像のやり取りまでも、地球の裏側の他人と瞬時にしかも簡単にできる。

この「技術革新」により、ジェネレーション・ギャップも含んだ異文化を理解または最低限許容する「クールな頭」がないと、最近、特にSNSでも問題になっているが、人の心にズケズケと土足で入ってくる(しかも悪意なく!)輩と、一瞬触発状態が激化してしまうリスクが高まってきている。 ましては、日本は、これから観光大国を目指し、実際に、公共の場所でも、ドンドン異文化からの人々と接する機会が激増してくる傾向であるからこそ、そのリスクは高まるし、実際のところ、京都や北海道では一部にそうした動きがある。

必要なのは「クールな頭」の切り替え

NYCや、欧州の大都市の地下鉄の乗客を思い浮かべれば簡単だ。今の日本は、1車両に外国人が1組いるかいないかだが、海外の大都市の公共の交通機関では、半分近くが肌に色が異なり、それこそ様々な人種でいろいろな言葉が飛び交っている。最近の日本は、中国からの観光客が激増しているが、まだまだこれからで、為替次第では、近い将来、他のアジアや欧米や果てはアフリカからも押し寄せてくる可能性が少なくない。何しろ、日本国の政策がそれを目指し、2020年のオリンピックは、もう目の前なのだから・・・!現在は、まだ新興国の国々の方々から、将来、「もう日本に行く魅力なし!」と見放されなければの話だがけれども・・・。

今日では、もう同僚や上司が外国人なのは、既に日本でさえ特定の業種(金融等)では当たり前になっている。ましてや、お客様や、生産地や販売先が海を越えた人達で、異文化との交渉が不可欠の時代になりつつある今日では、多様性を許容する「クールな頭」がなければ、もはや生き残れなくなってきているのではないだろうか。

外国人だけでなく、現在、同じ日本人なのに余り有効利用されていなかった、人類のほぼ半分を占める「女性」の能力の発揮を阻害するのも、社会的に甚大なロスである。最近のスポーツ界などの不祥事に女子部・女子選手が多かった根幹の理由も、女性蔑視が全く関係なかったとは断言できないであろう。しかし、実際、今日の日本で、日々の買い物の際の財布を握り、子供の教育や親の介護などの現場からの出費の提案から決断するのは女性が多い。この事からだけみても、女性登用(商品企画やマーケティングから、経営まで)への経営変革(企業の「頭」の切り替え)が遅れている会社は如何に時代錯誤かが明らかであろう。

大変なのは「熱い心(志)」の持続

異文化や女性の登用など、これから日本も急激に多様化が必要になってくるであろう事は、頭で(「知識」として)分かっている若者は決して少なくないと思う。

しかし、それが簡単に論破されてしまう程度ではお話にならない。逆に、「多様化は社会悪だ」と宣う年配者に何回も何回も挑戦し、しっかりと納得して頂ける様になる位の「理論武装」と何よりも「原体験」の積み重ねが必要不可欠かと。

そもそも、「何回も何回も挑戦」するには、「熱い心」が必要で、最近、企業ですらも、「利益至上主義よりも、その企業のミッション・ビジョンなどが各社員にまで刷り込まれていた方が、山あり谷ありの企業の長期的成長には遥かに重要である」と見直しされる時代になってきた。発明王のエジソン曰く、「私は、失敗した事がない。ただ1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだよ」と。失敗を失敗と捉えて悲観するのではなく、新たな発見として「クールな頭」で切り替え、利他への発明と言う己の「熱い心(志)」の炎を持続できたからこその偉業達成なのであろう。

しかし、「理論武装」という「知識」は、毎日、十数時間、約2~3年間、机にかじりついて頑張れば、ある程度は身に付くだろうが、「何回も何回も挑戦する原体験」の方は、口にする程、簡単ではない。血と汗と涙の挑戦を「習慣化」した時期を人生の一定期間、逃げず諦めずに持続しなくてはいけない。しかし、それの様な「原体験」を経た人間は、質的に「高い志」と量的に「折れない心」を修得し、それこそが、古今東西、共通して「尊敬」される。それは、米炊き何年も経た鮨職人でも、素振り何千回の野球選手打者でも、デッサンを数万画描いた抽象画家でも然りである。山のてっぺんに辿り着く人は、登山の過程(準備から登山中のプロセス)にも情熱をもち、苦しくても歯を食いしばりながら、その節々でワクワク感を楽しんで、力の限り一歩一歩踏み出していったのではないであろうか?

そして、その登頂ルートは、国や地形や文化やその時々の気候などによって様々であろうが、どれが正解かなどない。ただ必死に、例え回り道とその時に思っても、「熱い心(志)」を捨てず、絶えずの「クールな頭」でポジティブに困難に対して善処する挑戦を怠らない「習慣」が付いている人こそが、頂上からの最高の絶景を楽しむ事ができる。 

*蛇足:なんとAKB48の「365日の紙飛行機」の歌詞(作詞:秋元康さん)で、「その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだか それが一番大切なんだ」とある。(この「距離」とは、学校や企業や肩書きの高さなどに置き換えられる。)、そして、この歌詞の前は、最重要メッセージの、(頭でっかちの知識に縛られる事なく、ただ)「力の限り ただ進むだけ」 とあるのだ!
(つづく)


武内隆明
武内隆明

山梨学院大学国際リベラルアーツ学部 学部長補佐
1961年、大阪生まれ。米の名門大学Williams Collegeを卒業。野村證券、外資系金融会社のウェリントン・マネジメント、ゴールドマン・サックスのアセット・マネジメント部門、UBSで活躍。チューリッヒ・スカダー・インベストメンツの副社長、プルデンシャル・ファイナンシャル・アドバイザーズ証券社長などを歴任。 2003年独立。投資会社を起業、上海でも経営コンサルタント会社を設立。Teach For Japan や 山梨県のInternational College of Liberal Arts (iCLA)のサポートに奔走し、現在に至る。ライフ・ワークは、アジアの若者へのリベラルアーツ教育の啓蒙活動。

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