あるリバタリアンから見た「新潮45休刊」問題


(新潮45HPから画像引用)

「リバタリアンから見た『生産性』問題」

まず最初に断っておくことは、筆者は「LGBT差別」も「生産性問題」も「痴漢と同一視問題」もほとんど興味がない。これらの発言及びそれを批判する声も筆者にしてみたら右と左の全体主義者の言論でしかないからだ。なぜなら、リバタリアンは問題となっている結婚制度及びそれらに付随する公的支援自体に疑問を持っているからだ。

リバタリアンは、LGBTは子どもを作らない=生産性がない=公的支援のために税を使う理由がない、という全体主義者の議論に与することはない。社会保障制度自体を良いと思っていないリバタリアンにとっては、子どもを将来的な税徴収の財源とみなす考え方について同意しないからだ。若干の保守主義がブレンドされたリバタリアンである場合、そもそも家庭のことに税金を支出することがおかしく、それは同性愛者であろうが両性愛者であろうが変わりはない、というところだろうか。

人間を制度を維持するための道具として扱う政治にそもそもNOというのがリバタリアンの思想である。そのため、杉田論文はそもそも受け入れがたい全体主義者の論理構成の表明でしかない。それを擁護するための小川論文は他人に迷惑をかける痴漢行為と他者に迷惑をかけていないLGBTを同一視するものなので論外である。また、伝統的な文化はそれを受け入れられる集団内でのみ規範として機能すれば良いのであって、政府が近代以降に疑似的に成立した国民全員への文化の強制を行うことはナンセンスだ。

「リバタリアンから見たLGBTへの公的支援問題」

一方、LGBTへの公的支援問題についてであるが、リバタリアンはこちらについても論外だと考える。現実問題として様々な障害が日々の生活上存在している(賃貸をLGBTカップルでは借りにくいなど)ことは承知しているが、それらはむしろ政府の規制(=結婚制度)の存在による不合理によって発生している課題である。つまり、民法が結婚という法的パッケージ(しかも、時代にそぐわない諸条文の抱っこ販売形式)を規定しており、結婚を両性の合意を前提としたものにしていることが問題なのだ。

リベラルな識者はパートナーシップ条例のように既存の結婚制度にLGBTを加えれば良いという発想になるだろう。彼らは本来は問題を生み出しているはずの政府の権限や既得権が拡がることに無頓着だからだ。そのため、痴漢の権利はどうなるというような頓珍漢な議論が起きることになる。しかし、リバタリアンであれば民法の結婚規定自体の廃止を求める。むしろ、「結婚」という出来合いのパッケージではなく、性的なこと・家庭に関することについて、関係者の個別契約を通じた契約書にまとめることが望ましいと考える。生粋のリバタリアンはわざわざ政府に婚姻関係を申告してその証明を受けるという不毛な税金の浪費自体に反対するだろう。

リバタリアンは結婚の形にこだわる必要もなく関係者が納得しているならそれで良いという基本を大事にしていると言っても良い。もちろん法律婚だけでなく神道やキリスト教などの宗教婚をあげたい人は自由にやれば良いわけであり、それと政府への届け出と法強制は別モノという考え方である。LGBT問題でわざわざ政府を肥大化させるとともに税金まで使う意味が分からない。

「リバタリアンから見た新潮45休刊問題」

リバタリアンから見た新潮45休刊問題は、「右でも左でも自らがマジョリティになれる媒体がある人たち」が騒いでいるに過ぎないように見える。

筆者はやや保守寄りのリバタリアンであるが、上記の通りおおよそ右側に属する国家主義者や民族主義者の保守派が受け入れがたいような考え方を持っている。さらに、左側に属するLGBTの権利を守ろう運動の人達とも根本的に相容れない、むしろ性的問題や家族関係に関する全ての既得権を廃止したら良いんじゃないかと思うわけで。

そうすると、必然的に思想的なマイノリティになるわけであり、自然と自らの思想を発表するような媒体は日本にはほぼ存在していないことが分かる。以前にバラエティー番組の企画で「結婚制度廃止論者として出演してください」という依頼がきただけで、結婚制度の規制緩和という議題を真剣な議論の俎上に上げてもらうことすらない。

したがって、自分と違う考え方の人達を見つけるとすぐに「ヘイトだの、差別だの、休刊しろだの」と言える人たちは、日本の思想空間における強者の論理を謳歌していて実に羨ましい。リバタリアンにとっては日本の媒体は休刊してほしい媒体だらけであるが、そんなことを言えば自分たちの主張を述べる場が無くなるに決まっている。たまにチクッと刺す程度のことしか言えない。媒体に何らかの原稿を出すときもリバタリアン100%で出すわけにもいかないので、媒体特性に配慮しながら何割かリバタリアンイデオロギーを盛り込むくらいだ。

実際には今回の事件は悪化する雑誌の経営問題をポリコレにかぶせただけかもしれないが、ポリコレ問題で新潮45が休刊になることは実に恐ろしい事であるし、日本の言論空間の多様性を維持する上では同誌の休刊を喜ぶことはできない。リバタリアンは世の中に蔓延する全体主義者・社会主義者媒体を駆逐することはおそらく永遠にできない。彼らが大手を振って自らの主張をバラまく横でひっそりとモノを申していくことで精一杯だろう。そのため、どのような媒体であっても自らの意見を述べる余地が少しでもある媒体自体を潰すことには賛同できないのだ。

 


渡瀬 裕哉
渡瀬 裕哉

パシフィック・アライアンス総研所長
早稲田大学大学院公共経営研究科修了。トランプ大統領当選を世論調査・現地調査などを通じて的中させ、日系・外資系ファンド30社以上にトランプ政権の動向に関するポリティカルアナリシスを提供する国際情勢アナリストとして活躍。ワシントンD.Cで実施される完全非公開・招待制の全米共和党保守派のミーティングである水曜会出席者であり、テキサス州ダラスで行われた数万人規模の保守派集会FREEPACへの日本人唯一の来賓者。著書『トランプの黒幕 共和党保守派の正体』(祥伝社)は、Amazonカテゴリー「アメリカ」1位を獲得。主なメディア出演実績・テレビ朝日「ワイド!スクランブル」、雑誌「プレジデント」「ダイヤモンド」など。

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