シリアで繰り広げらるロシア、イラン、イスラエルのゲーム


【出典】プーチン大統領、http://en.kremlin.ru/より

消えたロシア軍偵察機

9月14日、ロシア軍のIl-20M電子偵察機が地中海上で消息を絶つという事件が発生した。ロシア国防省の発表によれば、イスラエル空軍の戦闘機がシリア領内に展開する革命防衛隊を攻撃しようとしたところ、応戦したシリア軍の防空システムが誤ってIl-20Mを撃墜してしまったものであるという。
ロシアとイスラエルの間には偶発的な衝突を回避するための連絡メカニズムが存在しており、互いの作戦行動を事前に通知し合っている。しかし、今回はイスラエル側による通告が攻撃のわずか1分前であったことから、偵察機が戦闘空域から退避する時間がなく、シリア軍の応戦に巻込まれてしまったようだ。すでに墜落地点は特定されており、乗員15名の生存は絶望的と見られている。

イランを巡るロシアとイスラエルの角逐

ロシア側はこの件について、シリアよりもむしろイスラエルに対する非難を強めている。その背景にあるのは、シリア紛争におけるイランの存在だ。
一時は劣勢に陥ったシリアのアサド政権がこの数年で形勢を逆転させ、支配領域を急速に回復できたのには、ロシアとイランの支援によるところが大きい。ロシアが猛烈な無差別空爆や大量の軍事援助、特殊部隊などでアサド政権を支援してきたことはよく知られているが、イランは革命防衛隊や民兵、ヒズボラなどをシリアに送り込み、貴重な地上戦力を提供してきた。
ところが、両国の支援によってアサド政権が南部の領域支配を回復すると、今度はイスラエルが懸念を強め始めた。ゴラン高原にまでイラン革命防衛隊やヒズボラが展開してくることにより、イスラエルが短距離ミサイルやロケット砲の射程に入ってしまうためである。
これに対してイスラエルは昨年からシリア領内のイラン勢力に対する空爆を強化しており、9月4日にイスラエル国防省が認めたところによると、その回数は過去18ヶ月間で202回にも及んだという。

板挟みになるロシア

イスラエル側に言わせれば、これはあくまでも自衛措置であるということになろう。イスラエルのネタニヤフ首相は今年に入ってからすでにモスクワを2回訪問しているが、いずれも主要な目的はイスラエルの空爆に対するロシアの理解を取り付けることにあったようだ。だが、ロシアのプーチン大統領は「シリアの主権を尊重すべきである」として、協議は物別れに終わったと伝えられている。

こうした状況下におけるロシアの悪夢は、イスラエルの攻撃がイランとの戦争にエスカレートすることである。こうなればシリアを舞台とする第5次中東戦争さえ生起しかねず、アサド政権を支援してきたロシアの介入は水泡に帰しかねないためだ。
かといって、ロシアにはイスラエルやイランの行動を止めるだけの力はない。ロシアは頻繁に軍用機をレバノン上空(シリア空爆を行っているイスラエル空軍機はレバノンから発進していると見られている)に侵入させてイスラエルの行動を牽制しているが、それによって空爆を阻止できているわけではない。また、ロシアは自国の仲介でイラン勢力をシリア南部に展開させないとの案を提示し、イスラエルの懸念をなだめようとしているが、イスラエルは不十分であるとしてこの案を拒絶したと伝えられる。

さらに言えばイスラエルがこの案を呑んだとしても、ロシアがイランを説得できるかどうかはまた別問題である。7月に行われた米露首脳会談ではシリア問題に多くの時間が割かれ、イランがシリアから撤退するのが望ましいという点でプーチン大統領とトランプ大統領の意見は一致したものの、実現は難しいとの見通しもまた共有されたという。イランはロシアの友好国ではあっても、ロシアの意のままになるジュニア・パートナー(格下のパートナー)ではない。

ゲームは続く

今回の偵察機撃墜は、シリアを巡るこうした複雑な状況の下で発生したものであった。ロシアにしてみればイスラエルが制止を振り切って攻撃を強行した結果であるから、イスラエル非難の姿勢を強めるのも無理からぬことではあろう。

かといって、ロシアがイスラエルを軍事的に懲罰するという選択肢は考え難い。多大の犠牲が予想される上に、ロシアの恐れる戦争のエスカレーションを自ら引き起こしかねないためである。プーチン大統領も撃墜事件後、今回の件はトルコによるロシア空軍機撃墜(2015年11月)とは同列に扱えないものであると発言していることから、あくまでも外交の領域で処理されるべき事案であるという認識であると思われる。

ただ、面子は保たれねばならない。ロシアはシリアに展開する戦闘機を増強する姿勢をすでに示しているが、今後はこれに加えてさらなる新型防空システムをシリアに供与するなどしてイスラエルの空爆を牽制しようとするだろう。ISと反体制派武装勢力に対するアサド政権の軍事的勝利はほぼ固まりつつあるものの、シリアを巡る域内・域外諸国間の角逐は今後とも続いていく可能性が高い。


小泉悠

未来工学研究所特別研究員
1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了後、民間企業勤務、外務省国際上統括官組織専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員などを経て現職。専門はロシアの軍事・安全保障政策、宇宙政策、危機管理政策など。主著に『軍事大国ロシア』(作品社)及び『プーチンの国家戦略』(東京堂出版)、鼎談をまとめた『大国の暴走』(講談社)などがある。

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