ターミナルの駅舎は隠される


1971年の西日暮里駅開業以来の山手線新駅周辺の再開発プロジェクトの概要が,2018年8月末に公表された。新駅舎を設計した隈研吾によれば,白い天幕で遮光性を確保し,木材をはめ込んだ折り紙をモチーフとした大屋根など「全体的に日本らしさを感じられる建物」になるそうで,骨格は完成しつつある。東京ドーム1.5個分の開発敷地面積に,5,000億円を掛けてオフィスビルや住宅の計4棟が建設される予定である。この再開発プロジェクトが成功した暁には,もしかすると壮麗な駅舎の美しさを眺めることは難しくなるのかもしれない。


【出典】写真1

写真1は,どなたでもお分かりだと思うが,東京駅丸の内駅舎である。おそらく,日本で一番有名な鉄道駅舎ではなかろうか。


【出典】写真2

では写真2は,お分かりだろうか。これも東京駅の駅舎であるが,反対側の八重洲口からの風景である。2つの写真の駅舎の上空と前面の空間に注目して頂きたいが,上空は広く空いており,駅前の広場のおかげで,駅舎を遠くからでも近くからでも眺めることができる。


【出典】写真3


【出典】写真4

それでは写真3,写真4は,いかがだろうか。これは新宿駅である。いや,正確に言うと,新宿駅を囲む商業施設の建物の写真である。多くの人々が「駅舎」だと思っている建物は,実のところデパートのビルだったりするわけである。


【出典】写真5

新宿駅の駅舎を見ることはとても難しく,写真5のように,南口の線路をわたる橋梁上から眺めるか,上空から見下ろす以外,なかなかできない。世界各都市の駅別乗降人員数の上位10位までの6駅(新宿,池袋,渋谷,東京,品川,高田馬場)が山手線のターミナル駅になのだが,東京圏では東京駅を数少ない例外として,こうしたターミナル駅の駅舎は隠されている存在となっている。これは,日本,とりわけ東京圏の鉄道事業の構造的な特質が関係している。

東京圏の鉄道,JR東日本や大手私鉄の決算(2015年)は,各社とも好調で,堅調な訪日外国人客を始めとする利用客の増加の他,構造的な側面も無視できない。各社の鉄道事業の売上高営業率は,軒並み10%以上であるが,製造業の平均7.9%(2014年3月期),非製造業の平均値5.6%(同)を大きく上回る。鉄道事業は,設備投資など膨大なインフラストラクチャーを維持し,安全運行を続けていくためには固定費が重くのしかかり,損益分岐点は当然に高くなる。しかし,ひとたび損益分岐点を超えると,追加的なコストが低いため,売上はほぼそのまま利益となる。一方,人口減少ステージでは利用者が減り,施設更新費用が捻出できないと,一気に運行維持が難しくなる。

図1は,東京圏の鉄道事業者の連結売上高に占める非鉄道事業の割合を図示したものである。地下鉄の事業体である東京メトロとJR東日本を除けば,非鉄道事業の割合は,総じて7割を超えていることがわかる。連結売上高と営業利益率の相関をみると,東京メトロでは,鉄道事業の売上高は3,453億円(営業利益率25.2%)で,連結だと3,969億円(同24.9%),JR東日本では,鉄道事業売上高が1兆8,792億円(16.2%)で,連結で2兆7,295億円(15.3%)と,鉄道事業の営業利益率と連結の営業利益率がそれほど変わらない数値を示している。一方で,他の私鉄各社も鉄道事業における収益率は,11%から24%の高い水準で推移しているが,連結売上高でみると収益率は下がってしまい,6%から10%程度まで落ち込む。連結することによって売上高は,2.6倍から6.2倍に膨れ上がるが,営業利益率はほぼ半減していることが読み取れる。東京圏では,主に山手線に接続する形で郊外と都心とを繋げる運行を行っている私鉄各社においては,全体の営業利益率の高さは,比較的利益率の低い非鉄道業の収益に経営を依存していることで,支えられていることが分かる。

【図1】

【出典】『会社四季報』及び各社ホームページの決算短信より算出。2013-14度の平均値。

東京圏の私鉄網は,山手線から放射線状に延びている。1907年に東急田園都市線が渋谷にターミナルを建設するのを皮切りに,概ね1933年までの間に山手線各駅にターミナルを設置した。一方,山手線内は自治体である当時の東京市の運営する路面電車が順次路線網を拡大して,山手線の各駅に接続するようになる。1938年の陸上交通事業調整法に基づき交通調整が実施され,旧国鉄の運営する山手線の内側は,自治体(東京市)の運営する路面電車が独占的に運行し,帝都高速度交通営団に私営の地下鉄が統合されたため,私鉄各社は山手線内に参入する免許を獲得することがでず、山手線から郊外に路線を延ばす戦略を採らざるを得なかったわけである。1955年には,都市交通審議会の答申で相互直通運転(相互乗入れ)が可能になり,地下鉄を介して都心乗り入れを果たすことになった。
こうして今日みられる山手線の内外で異なる鉄道事業者による分業体制が整うのであるが,人口密度の低い郊外からの輸送は,都心部と比べて輸送対象人員が少なく,上り下りの一方向だけが混雑する片荷輸送の輸送効率の低い状態を強いられることになった。この経営上の不利を打開するために編み出されたのが,図2に示すように,地価の安い段階で大規模に土地取得を進める地域開発を展開してきた。郊外に研究教育機関,商業施設や遊興施設などを開発誘致することにより,通勤通学の逆方向への需要の喚起をし,双方向での高い乗車率を確保する開発を進めていった。東京圏の私鉄の特徴は,鉄道事業だけでなく,バス事業,不動産事業,観光・レジャー開発,小売業など,多岐にわたる事業を行って本業との相乗効果を狙っている。このように,都市の地下鉄や旧国鉄のJRの都市間鉄道事業者が,ある意味純粋な輸送事業者であるのに対して,郊外と都心を結ぶ中距離鉄道の民間事業者は,輸送事業者であると同時に,路線地域一帯における開発事業者でもあるという日本独自の展開がみられるようになった。

【図2】私鉄の沿線開発と関節交通

【出典】筆者作成。

こうした歴史的経緯により,私鉄の山手線に接続する発着ターミナルは,同時に東京の副都心でもあることから,地価が高いため,広大な自前のターミナルとして活用することは経営的に非効率になる。そのため,発着駅としてではなく,通過駅として運行することを選択し,世界的にも例の少ない異事業者同士の相互直通運転をしてホームを圧縮して駅舎も見えなくなるくらい大きな商業施設が駅を囲ませることで,総合的なビジネスを成立させている。東京圏のターミナルの駅舎が隠されている秘密は,ここにあると言える。
東京駅は,一大ターミナルといえども,JRと地下鉄との乗り換えがあるだけであるし,歴史的景観や皇居前で高さ制限が掛かっていることなどから,駅舎が見える風景が残されている。JRによる街づくりは,歴史も浅く,以前の汐留再開発で評価の芳しくない面もあることから,JR東日本の深沢祐二社長は,山手線新駅周辺の街づくりには本格的に取り組むことを宣言し,2027年頃には図1にみられるような鉄道事業と非鉄道事業の売上高の比を今の7対3から6対4にする考えのようである。東京圏の他の私鉄に近づけようと考えているわけだが,新駅に他の鉄道との接続が実現し,ターミナル化すれば,もしかすると自慢の駅舎を拝むことができるのは,ドローンを通じた映像だけってことになってしまうかもしれない。


鍛冶智也
鍛冶智也

明治学院大学法学部教授。専門は都市行政。
国際基督教大学大学院行政学研究科修了。東京市政調査会(現・公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所)研究員を経て,現職。国際連合本部経済社会開発局コンサルタント,行政研究所(米国ニューヨーク州)客員研究員,ホープカレッジ(米国ミシガン州)招聘教授,プリンストン大学公共国際問題ウッドロー・ウィルソン・スクール(米国ニュージャージー州)客員フェロー等を歴任。東京都,港区,三鷹市,川崎市,小諸市など多くの自治体や国土交通省など国の審議会や委員会の委員等に就任。

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