国産ワインは日本のワイン?


2018年10月30日より,国税庁が定めた新しい果実酒等の製法品質表示基準が適用されることになり,国産ブドウのみを原料とし,日本国内で製造された果実酒のみを「日本ワイン」と称することができ,ブドウの産地や種類,年号(ビンテージ)の表示が可能になった。「えっ!国産ワインは”国産”じゃなかったの?」と疑問に思われる方も多いかもしれない。ラベル表示の基準がこれまで緩かったのは,日本のワイン産業の特質が背景にある。

ワインは農作物か,工業製品か?ワインに関する一大論争テーマである。「人類にとって,ビールは発明であるが,ワインは発見である」とか,「ブドウからジュースをつくる方が,ワインを造るより難しい」とか,その質を度外視すれば,ワイン醸造は約8,000年前より造られている醸造が比較的容易な現存する人類最古の酒で,そのために農家が自家醸造できる農作物と捉えられてきた。ワインの故郷ジョージア(旧称グルジア)では,今でも畑の脇の倉庫の地面に埋められた素焼きの壺でワインを熟成・貯蔵させている農家があるときく。一方で,近年のワイン醸造は大規模な工場内で最新のテクノロジーで管理されて「生産」される工業製品としての側面もみられる。チリや中国はその代表例であろう。


【出典】中国新疆ウイグル自治区烏魯木斉郊外にある大規模ワイナリー内部、筆者撮影。

日本の国内市場におけるワインの国内流通量の構成比(2016年)をみると,輸入ワインが69%で,国内で醸造されている国産ワインは31%である。国産ワインの内の84.5%が海外から濃縮果汁を輸入して国内で醸造しているもので(構成比26.2%),純然たる国産ワインである「日本ワイン」は,漸増しているとは言え僅か4.8%に過ぎない。日本で流通しているワインの実に95.2%は「日本の農作物ではない」のである。

図1 国内販売ワインの販売企業のシェア(2016年)

【出典】「国内シェア100品目」『日経産業新聞』2017年7月24日付,16ページより筆者作成。
注)国内販売量(課税・通関ベース)36万4,644㎘

図2 国産ワインの製成数量と5大メーカーのシェアの推移

【出典】国税庁『果実酒製造業の概況』各年度版より筆者作成。
注)2013年度の製成数量の総計は9万5,098㎘

図1にみるように,輸入ワインを含めて国内で販売されているワインの半分は,キリン(メルシャン),サントリー,アサヒ,サッポロ,キッコーマン(マンズ)の5大メーカーが占めている。図2よりわかるように,国内で醸造されている国産ワインの5大メーカーのシェアは,ここ数年8割前後で安定している。この5大メーカーが国内で製造するワインの原料をみると,その95%はブドウの濃縮果汁を輸入したものから製造しており,日本のワイン産業の大勢は輸入業であることがわかる。

図3 日本のワインの出荷量(課税移出数量)の推移

【出典】国税庁統計年報書より筆者作成。

日本における酒類の消費マーケットは,若者がアルコールを飲まなくなった関係で1996年の966万㎘をピークに減少傾向にあり,2016年にはピーク時の87.1%にまで落ち込んでいる。酒類消費の中では,発泡酒等を含むビール類が絶大で7割を占めており,「酒といえばビール」という状況である。メーカーが小売店や飲食店に酒類を販売する際,ワインは市場占有率の高いビール類(サントリーはビールとウイスキー,マンズワインは醤油)と一種の抱き合わせ販売をする商品で,多角化のための戦略商品として位置づけられている。酒類の中で唯一消費が増加しているのはワインで,コンビニの棚にも陳列されるようになった手頃な価格の輸入ワインが市場の拡大を牽引し,消費の裾野を広げるようになっているが,同時に日本ワインも少しずつ増えている(図3)。このように,日本におけるワイン産業は,農作物として1次産業ではなく,工業製品として2次産業でもない,卸売,小売,飲食サービスといった第3次産業の戦略商品として流通されていると理解した方が適切であろう。

近年,日本ワインが注目され,国際的な評価も高まっている。旅行先のお土産屋に日本酒や焼酎と並んで陳列されているワインを買い求めて味わったことのある方のなかで,その味に疑問を感じる経験をされた向きもあるのではないかと思われるが,近年,品質は格段に向上している。政府行事で海外からの賓客をもてなす晩餐では,従来,日本酒かフランス産のワインが供されてきたが,2012年に当時の野田佳彦首相がキャメロン英首相を迎える夕食会では,清酒の他に白赤共に日本ワインが出されている。以降,先進国首脳サミットなどの機会には,きまって和食に日本ワインが供されるようになり,話題を集めている。こうした日本ワインの担い手は,もちろん5大メーカーも先導しているが,栽培方法や醸造のラインも「国産」とは異なる人手を要する造り方をしている。

図4 ワイナリーの従業員数の分布

【出典】帝国データバンク『ワイン製造業者の経営実態調査』(2017年9月)の調査結果より筆者作成。
注)数値は,2017年8月時点の企業概要データベース(COSMOS2)に掲載されている206社が抽出されており,全てのワイナリーではない。

図5 ワイナリーの売上高規模別分布

【出典】図4に同じ。

図6 ワイナリー代表者の年齢別分布

【出典】図4に同じ。

近年勃興し,脚光を浴びるようになったワイナリーは,どこも年間生産量6万本以下の小規模ワイナリーであり,異種産業からの新規参入や畑違いの職業からの転職も多く,担い手が多様化し,300ヶ所を超え,いまや奈良,徳島,佐賀を除き,北は北海道から沖縄までほぼ全国の都道府県でワインがつくられるようになってきた。近年設立されたワイナリーの特徴は,小規模であるだけでなく,ほとんどが国産のブドウ原料を用い,しばしば自社農園を抱えてブドウを自分で育てる「ドメーヌ」化が進んでいる。消費の絶対量としてはまだまだ少ないが,「農作物としてのワイン」を目指す働きが如実に出てきている。

同時に,数年来のワイナリーの新設は,農業荒廃地が増えてきたことに原因の一つが求められる。特に,中山間地の傾斜で育つ農作物や桑畑やリンゴ畑などがさまざまな理由で廃業に追い込まれたが,残った土地の利用方法を考えると,水はけや日当たりが良ければ育つブドウ栽培が見直されるようになった。また,既に生食用のブドウを栽培していたブドウ農家では,生食用品種をワイン用の出荷に切り換えると,タネなしブドウにするためのホルモン処理(ジベリン処理)や見栄えをよくするための房づくり(摘粒など)の手間が必要なくなり,一人でこなせる面積が広くなるため,栽培の手間が減り,高齢農家が農業を続けたり,栽培農地の拡張ができたりする余地が生じてきた。日本では,生食用のブドウの栽培が全体の96%を占めていると言われているので,世界的には約7割がワイン加工用の栽培であるのに比べて,用途転換の余地は高い。現在,農業就業人口181.6万人のうち,65歳以上の高齢者は120.7万人で実に3分の2を占めている。ワイナリーの新規担い手の高齢化は,農家の高齢化が引き起こす現象だとも言える。

このように日本のワイン産業は,次第に1次産業化,多様化,小規模化,家内制化,高齢化が進んできている。興味深いことに,一般に市場経済の高度化は,1次産業から2次,さらに3次産業へと比重を移す傾向を伴い,その内容は大規模化,近代化,標準化・均一化,そして若年世代の積極的な参画を特徴としているのだが,近年の日本のワイン産業は,まさに市場経済の発展形態としては逆進的様相を呈している。

今回のラベル表示の基準改定によって,従来親しまれてきた地名を冠した名称のワインの中には銘柄の変更を余儀なくされる例もあったが,ブドウの産地や醸造地が明確にされ,日本ワインにおいては難解なヨコモジではなく,日本語で地名とワインを関連づけられるようになり,産地を訪問し,風土や造り手の醸す文化にも触れて味わう旅・ワインツーリズムが盛んになる一助ともなろう。こうした新たな施策は「納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現する」ための官庁が制定しており,農業政策を立案する役所でもなければ,産業・貿易を振興する部門でもない省庁が打ち出すという「世界でも例をみない」ワイン行政が,「世界でも例をみない」ような斬新な地域振興策を展開させることができるのであれば,賦課徴税も不平を鳴らしてばかりはいられない。


鍛冶智也
鍛冶智也

明治学院大学法学部教授。専門は都市行政。
国際基督教大学大学院行政学研究科修了。東京市政調査会(現・公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所)研究員を経て,現職。国際連合本部経済社会開発局コンサルタント,行政研究所(米国ニューヨーク州)客員研究員,ホープカレッジ(米国ミシガン州)招聘教授,プリンストン大学公共国際問題ウッドロー・ウィルソン・スクール(米国ニュージャージー州)客員フェロー等を歴任。東京都,港区,三鷹市,川崎市,小諸市など多くの自治体や国土交通省など国の審議会や委員会の委員等に就任。

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