【第6回】海洋や気象などの環境データの公共性と産業利用: 公開に対する制限の例


近年、データ産業が脚光を浴びているが、まだまだ自社にあるデータを「売る」という発想は一般的ではない。今回は環境データ産業について私見を交えて紹介する。

1.そもそもデータは誰が所有?

日本の法律上、「データを所有する」ことはできない。何故ならデータは物権の対象と認められていないからである。ただし、営業秘密に指定されたデータは知的財産として所有の対象となり、画像データもデザイン性が認められれば写真のように著作権が認められる。他方、知的財産ではないデータを提供・配信する他、データを用いた「サービス」は債権の対象として法律上捉えられる。すると、「盗まれたデータを、そうと知って勝手に有料で転送してよいのか」とか「他者が作成したデータを有料で転送して儲け放題なのか」という実務上の問題が生じるので、経済産業省は「データの利用権限に関する契約ガイドライン」を作成した。これにより、所有権ではなく利用権限(いわゆるライセンス)について当事者間の私的自治で定めることになる。

2.環境データは公共財?

「環境」という言葉は、何か主体があって、その周りのモノや状況を意味する。ほとんどの場合、主体は人間である。より具体的には、屋外の気温や湿度や大気中の化学物質の濃度は環境データと呼ばれる。また、大気でなく海洋の場合、水温や塩分は環境データと呼ばれる。大気や海洋などの「環境」は誰かが私有するものではなく、みんなの周りのモノということで公共財扱いされる。
一般に公共財は無料で公開される。換言すると、只で利用(只乗り)されてしまうことを阻止することが困難なものには公共財として認められる事例が多い。

次の問題は、分かち合うと一人あたりの取り分や便益が減るのか否かである。環境は共有しても一人あたりの取り分が減るという問題はないが、漁業資源は分かち合うと一人あたりの分け前が減ってしまう。経済学用語で、前者は競合性がないが、後者にはあるということである。データそのものは複製のコストが極めて低いので競合性がない。

公共財という意味で、知的財産にならないデータは「環境」と似ている( https://doi.org/10.11286/jmr.29.1 )。

3.データの公開に対する法的な制限

公共財は政府の管理下にあるものが多いが、近年の「政府に関する情報を公開する」という国際的な流れにもかかわらず、米国、カナダ、フランス、及び英国でも日本同様にa)国防、b)商業上の秘密、およびc)個人情報は、たとえ環境データであっても、開示義務を免れる( https://doi.org/10.5918/jamstecr.26.65 )。

a)元々、気象学は軍事作戦上の必要から発達した歴史的経緯があり、現在でも潜水艦の作戦行動の有利不利は水温分布のデータの優劣に依るところが大きい。何故なら、潜水艦の敵同士はお互いに自分は隠れて音波で索敵するが、その音波の伝達経路が両者間の水温分布次第で屈折するため、隠れるにも攻撃するにも水温分布データが必要だからである。

b)漁業資源は部外者や外国による横取りが容易なので、漁場など漁業資源の存在場所を示唆する環境データも商業上の秘密として公開制限の対象となりえる。

c)ウェアラブルなセンサーで測定した環境データも誰がそのセンサーを装着したのか判別できるのであれば個人データであると見做される可能性が高い。

4.環境データは只乗りされ易い( https://doi.org/10.11286/jmr.29.1 )

環境データにもいろいろある。一つの区別のしかたは、実測データとシミュレーションデータの区別である。実測データにも、センサーによる直接接触的な測定と、人工衛星などのリモートセンシングによる間接的な測定がある。シミュレーションデータにも、実測データを空間的に補間するものや、過去を時間的に補間したり、将来を予測するものがある。「測定やシミュレーションは只ではできないのに、これらのデータは無料なのか」という問題に応えるのが、経済産業省の「データに関する取引の推進を目的とした契約ガイドライン」である。とはいえ、実際問題としては、環境データを高値で売ることは難しい。何故なら、気温のように大凡の値で間に合うのであれば、近隣の値で代替できてしまうため、只乗りし放題だからである。他方、日本の山間地のように地形が複雑なところの局所風は近隣の値では代替できないため、そのような場所の風向・風速のデータは風力発電などの需要があれば値段がつく。あるいは公共財であれば、只乗りされることを前提にせざるを得ないので、風水害などに対する防災やヒートアイランド対策や温暖化対策等の公共事業の計画策定やアセスメントに環境データが利用される。

5.環境データの商業利用方法

商業利用では、過去の環境データと販売動向データとの相関を調べて、将来の環境データの予測値から販売予測を立てるというような利用方法が一般的である。販売動向データの代わりに作物生育データや漁獲データを用いる事例もある。

6.環境データの分布図

自分の畑などのピンポイント地点の環境データのみに関心のある顧客ではなく、何らかのリソースや拠点の最適配置や商品などの移動・輸送計画の最適化のために環境データを必要とする比較的大口の顧客にとっては、環境データの分布図が役に立つケースがあるので、そのような場合も分布図のデータに値段がつく。この場合、後者の大口顧客に分布図を提供するためにシミュレーションするついでに、前者の小口顧客にもピンポイントのデータのみを提供することになる。


角田晋也
角田晋也

マクロエンジニア(http://www.jame-society.jp/)。国立研究開発法人海洋研究開発機構地球情報基盤センター調査役。
東京大学教養学部基礎科学科第二(システム科学)卒業後、東京大学大学院在学中に米国シカゴ大学大学院Department of Geophysical Sciences留学(修士)、現在の職場に就職1年後博士(東京大学)。気候変動研究として北極海・インド洋他、国連海洋法条約の「海洋の科学的調査」、及びベクトル型スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」の利用推進等を経験した。環境データの流通促進に取組中。

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