東京五輪の秘めた宿望~都市における社会資本の維持更新


2019年1月25日,東京都は2019年度の一般会計予算案を発表した。東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪)に絡む費用は,前年度の2倍,直接経費として2,720億円,間接経費として2,610億円で計5,330億円を計上した。国や大会組織委員会の負担を合わせ,直接・間接を含めた総コストは,2兆8,000億円と計算されている。大会開催までに,東京都の歳出は,直接経費で6,000億円,間接経費で8,100億円に達する見通しである(その他,国が8,500億円,民間資金を中心とする大会組織委員会が6,000億円)。公表されている間接的な経費をみてみると,千駄ヶ谷の東京体育館の改修56億円,晴海地区の選手村基盤整備23億円が目につく。卓球の競技会場である東京体育館の改修は,老朽化でいずれ改修が必要なので直接経費である新設の競技施設の建設費とは別に位置づけているし,選手村に道路を通すのは,競技会場ではないということで間接経費扱いである。

さらに,無電柱化の推進事業に209億円が計上されていて,全体の8%を構成する規模になっているのだが,一見すると「間接的にでも五輪とどのような関係があるのか」と理解しにくい項目もある。無電柱化は,2016年夏の都知事選挙における小池候補(現知事)の公約でもあり,「政治的」色合いのある政策であるが,17年9月から施行されている都道上への電柱新設を原則禁止することを柱とした「無電柱化推進条例」と対になる事業であろう。
東京に限らず全国の電柱は,1950年代から70年代にかけて大量に設置されている。主要な電柱は鉄筋コンクリート製であろうが,こうした電柱の減価償却の耐用年数は42年である。資産の会計上の目安ではあり,この年限で直ちに使えなくなるわけではないが,数年前から建て替えのラッシュが到来していることは理解できよう。都内の電柱は,東京電力が管理しているものが約724,000本,NTT東日本のものが約386,000本の計約111万本である。1本の電柱の建て替えは,数時間で実施できるようであるが,これを「無電柱化」にするには,従来の電線共同溝方式や他の地中化により,初期投資は多くの時間と経費がかかることになる。しかし一方で,その維持管理は簡易で安価になる側面もある。災害時には,復旧に時間が掛かるという面もあるが,露出している電柱が倒壊する危険性があるだけに安全の確保にもなる。ロンドンやパリの無電柱化率は100%,ニューヨークは83%に対して,東京区部は8%が実現されているに過ぎない。

図1 世界4大都市の道路率の比較

出典)東京都建設局調べによる。
注)東京は2017年,他都市は2015年の数字。

東京都の都市計画決定された道路の完成率は,未だ63.5%と整備途中にあり,図1にみるように,東京の道路率は決して高い水準とはいえない。無電柱化は,そもそも狭隘な道路に電柱が立っていることで,実質的にさらに狭くなっている街路の道路率を上げることなく,事実上の幅員を拡げる効果もある。都内の道路の歩道整備率は,幅員2m以上の街路では63%で,それ以下の幅員の街路はさらに低い。電柱は,歩行者の安全を阻害している側面がある。歴史的に馬車交通の文化があったヨーロッパでは,狭い路地にも段差のある歩道が施されているが(写真1),東京では都心でも必ず舗装されているわけではない。こうした間接経費は,東京五輪の隠された行政課題を理解する重要な手だてになっている。

写真1 スイス・チューリッヒの路地の歩道

出典)筆者撮影。

写真2-1 銀座共同溝見学窓

出典)筆者撮影。

写真2-2 銀座共同溝内部

出典)筆者撮影。

電柱に替わる共同溝とは,電線・電話線・ガス管・水道管などのライフラインをまとめて道路などの地下に埋設する設備である。東京では,百貨店松屋銀座の地下入口に共同溝見学窓という共同溝の中を覗くガラス窓があって配線・配管の様子を観察することができるのでご覧になられた方も多いのではないかと思う(写真2-1,2-2)。脇のプレートには,「銀座共同溝は昭和43年10月,銀座通りの一丁目から八丁目までの両側歩道の下に建設省の施工によって完成しました。長さは両側あわせて2キロメートルあります。この中には銀座通りのデパートや店舗に必要な電気,電話,ガス,水道,下水道などの管路が収容されています。この共同溝の完成によって道路が再び掘りかえされることがなくなり,それぞれの管路は安全に保護され,維持管理も容易に行えるとともに地下から直接各需要者に供給することができます。さらにこの共同溝の工事とあわせて行われた銀座通り改修工事によって街路灯や街路樹が新しく生まれ変わり,恒久的な御影石の歩道の上をいつまでも安心して歩くことができるようになりました。このように共同溝は近代都市における道路の効率的な利用をはかるうえにきわめて重要な施設といえましょう。株式会社 松屋」と記されている。実は,日本橋三越の地下入り口にも同様の見学窓があった。2003年から05年の地下鉄駅コンコースの大規模な改造を機に,当時築30年の共同溝が改築・移設されたため,なくなってしまったが,近代的な社会資本のシンボルとして長らく人々の見学の対象となっていた。実は,新宿の都庁の第一本庁舎と第二本庁舎の間の広場には,共同溝の管をモチーフにしたオブジェが近代的な都市をあらわすものとして置かれている(写真3)。共同溝などを用いた無電柱化が達成した街並みは,東京のオリンピック・レガシーになり得ると関係者は考えているに違いない。

写真3 都庁舎広場の共同溝オブジェ

出典)筆者撮影。

現在の東京の都市構造は,近代以降の過去3回の都市改造の所産であると言われている。すなわち,関東大震災からの復興,戦後復興,前回の東京五輪(1964年)に伴う東京改造である。東海道新幹線や首都高速道路は,東京五輪の「ために」造られたのでは「ない」けれども,東京五輪を契機に,国や自治体の行政各部署や国民の理解と合意を調達し,集中的に社会資本の整備を牽引した結果,造られたもので,まさにオリンピック・レガシーである。新幹線や首都高だけでなく,地下鉄の営団日比谷線と都営浅草線の既存の鉄道との相互直通運転(相互乗入れ)といった世界的には極めて稀な運行形態ではあるが,東京圏では36%の路線で実施されている先駆事例を始めたり,東京モノレールを開通させたり,環七通りや青山通り(国道246号線)などを整備している。国における東京五輪の間接的経費は約1兆円にのぼったが,交通網の整備にその約8割が使われたとされている。さらに,利根川と荒川を結ぶ水路に通水するなどの導水施設や,小河内,矢木沢,下久保の各ダムなどの水資源施設の整備や,中小河川の暗渠化等によって下水道の整備を進めるなど,公共投資が積極的に図られ,東京の社会資本が広範囲に整えられるようになったのは,良く知られている。実は,前回の東京五輪から2020東京まで56年の歳月が流れている。そして,56年という歳月は,都市の社会資本の更新時期と符合しているのである。

写真4 テオティワカンの太陽のピラミッド

出典)筆者撮影。

写真4は,メキシコの世界遺産テオティワカン(神々の集う都市)のピラミッドである。五輪の話がなぜ急にピラミッドと思われるかもしれないが,話は飛躍していないので,おつきあいを願う。ピラミッドといえばエジプトを思い起こす方も多いだろうが,アメリカ大陸でも数多くのピラミッドが建造されている。太陽のピラミッドと対峙する位置にひとまわり小さい月のピラミッドがあり,この間の広場の両側に宮殿や神殿などの都市建造物の跡が残されている。ピラミッドは「墓」を連想させ田園地帯にあると誤解しそうだが,ここは紀元前2世紀から6世紀に掛けて繁栄した大都市の中心部である。千代田区の国会議事堂や官庁街があるような地域だと思っていただき,そこに巨大構造物であるピラミッドがあるわけである。

写真5 ピラミッドの遺構

出典)筆者撮影。

写真5は,メキシコシティのピラミッドの遺構である。ピラミッドの上部構造はなくなっており,土台になっている部分のみが遺されている。これをみると,ピラミッドの建造方法が理解できる。すなわち,最初に小さな台形型の建造物を造り,時間をおいて,その台形錐を覆う形で一回り大きな台形錐を建造する。これを繰り返すことで,次第に大きなピラミッドが完成するというのである。最初から大きな錐型の部分部分から時間を掛けて造っていくわけではないのである。マヤ文明では,一つの錐型の完成から次の一回り大きい錐型の完成まで,暦法を用いるそうである。マヤ文明における暦法では,還暦が52年なので,52年毎に一回りずつピラミッドが大きくなっていくわけである。

暦法を一周期として都市を更新していく,という手法は日本にも古くからあり,遷宮がその一例である。出雲大社と伊勢神宮が2013年に同時に遷宮するというので,日本中が沸いたのも記憶に新しい。出雲大社はほぼ60年に一度の大遷宮,伊勢神宮は20年に一度の式年遷宮を長らく行っている。宗教的には,定期的に造り替えられる瑞々しい社殿へ神に遷っていただき,力を取り戻すという意味があるようだが,世俗的には別の意味がある。社殿の建物の老朽化対策と宮大工の高度な建築技術の継承のためである。建築技術の粋を集めて建造される社殿は,造り続けなければ技術が継承され得ない。伊勢神宮は最も確実な職人の世代ごとに継承を行うために20年としているが,建造物の規模が大きく建築費も膨大に掛かる出雲大社では,建造物の老朽化の最大期限をみつつ,人類が確実に継承できるギリギリの期間である60年を単位として,匠の技術の継承を行っているわけである。大社や神宮が神々の集う都市であると考えると,定期的に維持更新していくことで,社会資本とそれを支える文明が確実に存続すると考えられている。

マヤ文明の52年の還暦,出雲大社遷宮の60年,中国の還暦60年という近似した期間は,いったい何を意味しているのだろうか。人類の生み出した文明そのものである都市構造物が,最初に深刻な老朽を迎える時期が5-60年,そしてその機を捉えて建築技術を継承しつつ維持更新する時期が5-60年という単位で暦を認識してきたのではなかろうか。

図2 建設後50年以上経過する全国の社会資本の割合

出典)国土交通省『社会資本の維持管理に関する取組』2018年10月。
注)道路橋は橋長2m以上で約73万橋。トンネルは約1万1千本。河川管理施設は水門など約1万施設。下水道管渠は総延長約47万㎞。港湾岸壁は水深4.5m以深の約5千施設。

図2は,全国の主要な社会資本のなかで建設後50年以上経過する施設の全体に占める割合(%)を記したものである。現在に比べて15年後は軒並み2倍以上を占めるようになり,半数程度が50歳の社会資本となっている。鉄骨鉄筋コンクリートや鉄筋コンクリートの建造物は,減価償却の耐用年数は30-50年である。東京の社会資本の整備は,東京五輪もあって,ピークは全国よりも10年程度早く始まっているので,深刻度は前倒しになっている。

図3 東京都が管理する社会資本全体の投資的経費に占める更新費の割合の推移

出典)東京都『東京都が管理する社会資本の維持更新需要額の将来推計』1998年。
注)経費金額は1995年度価格で実質化されており,金額は全て推計値。

図2の統計は,施設数の推移をみたものであるが,老朽化施設数の増加が,財政にどのような影響を与えるかに直したものが図3である。図3は,東京都が管理する道路,橋梁,上水道,下水道,地下鉄,住宅の社会資本全体の投資的経費に占める維持管理にかかる更新費の割合の推移をみたものである。1990年に社会資本の投資的経費に占める維持更新に掛かる費用は15%であったのに対して,30年後の2020東京にはその割合は5倍に膨れ上がり70%を超えている。この時点では,新規の公共投資につぎ込む経費は全体の3割を切っていることになる。過去に新規投資に対して予算の8割以上を投じていた時代から3割を切る時代へと変化してきているわけである。東京の社会資本は,既に維持管理中心の「まもり」の時代が到来している。

老朽化し痛んだ都市施設を一律に換える従来の「対処療法型」の維持更新では予算の確保が困難になってきているため,東京都は優先順位をつけて計画的に整備する「予防保全型」の施設管理策を採用している。前回の東京五輪を契機に整備され,現在老朽化してきている社会資本を今回の東京五輪の間接的経費を用いるかたちで,維持更新あるいは刷新しようと考えるのは,千載一遇のチャンスとして合理的な判断だと言わざるを得ない。
いうまでもなく五輪はスポーツの祭典である。期間中,純粋に世界レベルの競技を楽しんだり,付随する国際交流に興じたりする方々も多いであろう。しかしながら,2週間ほどの祭りのために大枚を叩くことへの価値・経済効果と,今後長らく都市の基盤を安全に維持していくために投じる


鍛冶智也
鍛冶智也

明治学院大学法学部教授。専門は都市行政。
国際基督教大学大学院行政学研究科修了。東京市政調査会(現・公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所)研究員を経て,現職。国際連合本部経済社会開発局コンサルタント,行政研究所(米国ニューヨーク州)客員研究員,ホープカレッジ(米国ミシガン州)招聘教授,プリンストン大学公共国際問題ウッドロー・ウィルソン・スクール(米国ニュージャージー州)客員フェロー等を歴任。東京都,港区,三鷹市,川崎市,小諸市など多くの自治体や国土交通省など国の審議会や委員会の委員等に就任。

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