観光危機管理新時代・第2回 観光危機管理計画


 

1. 観光危機管理計画を作成する上でのポイント
さて、JTB総合研究所の高松氏は、観光危機管理計画の策定の手順を示している。長くなるが、応用可能性が高い網羅的なものであるので、氏が手掛けた沖縄県観光危機管理基本計画を例に、一つ一つ検討していくことにしよう。計画の策定手順は、「現状把握→課題分析→計画→ガイドブック・マニュアルの作成→訓練」という、至極論理的なものだが、それぞれの段階について氏が事細かに示している項目こそが、計画を策定し実効性あるものにする上で、極めて重要と考えられるからである。
(1)現状把握
観光危機管理計画を作成するにあたって、氏が最初に行わなければならないとするのは、「現状把握」である。現状を把握するにあたってのチェックポイントは、次のようなものと なる。

観光客・買い物客を視野に入れた防災・危機管理計画の有無/想定されている危機・災害・事故の種類と規模/危機管理計画のカバーする項目とその内容/地域と事業者の防災・危機管理計画との連携、整合/計画に基づくマニュアル・ガイドブックの有無/避難マップの有無/計画の従業員への浸透度/防災・避難訓練の実施状況/避難具・非常用食料の在庫状況の確認頻度

住民や通勤・通学客と異なり、観光客・買い物客は、地域の中に常在するわけではなく、いわば、それぞれが都合の良い時だけその地に滞在するだけの存在である。滞在場所に内在するリスクおよびリスクへの対処法などについての十分な知識がないことが多く、また、備蓄や非常食を携行しているわけでもない。現状把握の段階では、そうしたことも考慮して、通常の防災計画よりも慎重に、チェックを行うことが必要である。

(2)課題分析

 

① 計画そのものの課題
[高松氏が設定したチェック項目]
防災計画・危機管理計画が策定されていない/計画はあるが、長い間改訂されていないので、実情に合わない部分がある/想定外の災害・危機や大規模災害が発生した場合、対応しきれない(特に地震・津波) /計画の対象が住民のみで、観光客が意識されていない

課題分析では、課題の性質に着目して、より基盤に近いカテゴリーから検討していく。観光客・買い物客は、周期的な変動やスポット的な変動に加え、中長期的な変動も考慮すべき対象であり、自治体が想定している災害に対してさえ、心の準備ができていないことも多い。そうしたことを考慮に入れて、様々な変化を勘案しながら、想定外の事態も想定しつつ、可能な限りのリスクへの備えができるよう、計画そのものを策定することが肝要である。

② 計画の内容にかかわる課題
[高松氏が設定したチェック項目]
ライフライン・通信が長期間・広範囲にわたり断絶した場合の対応が不十分/帰宅支援など観光客特有の対応計画がない、またはあっても不十分/外国人旅行者への対応が盛り込まれていない(関係機関との連携も含めて) /災害・危機の種類や程度に応じた避難場所・避難ルートが決められていない/地域の行政や他の事業者、医療機関等との危機対応における連携や協力が具体的に定められていない

計画内容については、起こりうる様々なケースを列挙した上で、個別のケースに対応するために必要な事柄を、具体的に検討していく。ライフラインの途絶・災害・危機の種類に応じた避難場所・避難ルート、様々な機関との連携など、通常の災害対策と同様のポイントについて、観光客を想定した対応を盛り込むとともに、観光客だけのための対応策も漏らさず配慮し、実際に機能するような内容にしていくことが求められる。

③ 計画の実施にかかわる課題
[高松氏が設定したチェック項目]
避難マップやマニュアルなどの準備ができていないので、現場で指示の混乱が懸念される/危機管理に必要な器具・備品や非常食などの在庫が不足している/計画はあるが、計画に基づく訓練が十分になされていないので、実際に危機が発生した場合、現場スタッフが迅速・的確に動くことができない。/観光施設単体での訓練はなされているが、地域としての総合防災訓練が行われていないので、連携が不安

立てた計画が実際に機能するためには、事前の計画に漏れがないこと、そして、計画をスムーズに実施するための訓練が行われていることが、必須となる。また、様々な主体が連携するにあたっては、それぞれの団体・機関の役割分担・有機的連携の実現に必要な訓練とともに、それぞれの機関・団体の関係部署の責任者同士・職員同士の相互理解と信頼関係の醸成も不可欠である。災害時には不測の事態が発生することが常であり、その際には、互いに無理を頼める関係になっていることが、成否を分けることになるからだ。

④観光復興(地域BCP)に関する課題
[高松氏が設定したチェック項目]
危機発生後のコミュニケーションやそのための事前準備が計画されていない
災害対応が中心で、被災後の観光復興・プロモーションに関する計画がない

観光危機管理では、危機発生後の観光地の機能の回復だけでなく、風評被害対策や、観光客の呼び戻し策といった、観光という産業に特有の対策までをも、危機が発生する前に周到に準備し、危機発生後には速やかに実施することが求められる。こうしたことが行われないと、観光客に正しい情報が伝わらず、地域の観光産業が致命的なダメージを被る可能性があることを、忘れてはならない。

(3) 計画
[高松氏が設定したチェック項目]
自社の事業所、お客様、事業所のある地域で起こりうる危機と、災害発生時に想定される被害規模/それぞれの「危機」が発生した場合、お客様を迅速・安全に避難・誘導できる体制
「危機」ごとの避難場所とそこへの誘導ルート。避難場所となる施設の受け入れ可能性
「危機」発生時における従業員との連絡体制/「危機」発生時における対応体制と役割分担
「危機」発生時におけるお客様の安否確認、自宅・外交官等との連絡方法/負傷者を搬送する医療機関と搬送方法/亡くなられたお客様の遺体の取り扱い/死亡・負傷されたお客様の家族への対応/お客様の帰宅支援方法(交通、費用、外交官対応等)
顧客・関係機関への情報提供の手段、提供する情報の内容/「危機」後の復興に向けた準備体制/「危機」後、事業再開までの従業員雇用に関する対応

計画を作成するにあたっては、住民や通勤客・通学客とは異なる対応が必要であることを、心に留めておく必要がある。「危機」発生時における対応と役割分担、施設の受け入れ態勢、観光客の安否確認、自宅・外交官等との連絡方法、負傷者を搬送する医療機関と搬送方法に加え、死亡・負傷した観光客の家族への対応、被災した観光客の帰宅支援方法など、通常の災害対策を大きく超えた内容を盛り込む必要があり、また、それらが実際に機能するように体制を整えておくことが必要である。

(4)マニュアル・ガイドブック
[高松氏が設定したチェック項目]
危機管理計画をもとに、現場の担当者に分かりやすい危機管理マニュアル、危機管理ガイドブック等を作成する。/発生が予測される危機に応じた、一次避難所までの安全な避難経路と避難方法をわかりやすく示した避難マップを作成し、お客様に配布したり、施設内に掲示する。/避難マップは多言語対応にする。/非常時に外国人観光客に指示を与えるためのカードを、多言語で作って用意しておく。/マニュアルには避難誘導体制も記載し、その内容を誘導担当者に徹底する。

マニュアル・ガイドブックについては、他の自治体の事例を参考にしながら、できるだけわかりやすいものを作ることを念頭に置くべきである。外国人を対象とした定型文のメッセージ、音声メッセージ、ピクトグラム等は、流用がきくものが多いので、平時から関係するサイトをチェックし、災害が発生する前に必要と思われるものを関係各部署や民間施設・交通機関などに備えておくべきである。

(5)訓練
[高松氏が設定したチェック項目]
危機管理計画・マニュアルに基づき、避難・誘導などの責任者・担当者を指名し、それぞれの役割を明確にしておく/火災と地震・津波、台風等の危機の種類、事業の性格、事業所の所在などの条件によって、危機が発生した時に、避難する、しないも含めて対応が異なるので、可能な限りそれぞれのケースに応じて訓練を実施しておく方がよい。/訓練は、各事業者が個別に実施するだけでなく、地震・津波、大雨・土砂災害、噴火、航空事故に対応するために、自治体、宿泊施設、観光施設、交通機関、医療機関、通訳、警察・消防等が参画する、地域を挙げた総合訓練の実施も検討すべき。

観光産業は様々な機関が連携して初めて産業として成立するものであるが、観光危機管理計画の実施においてもまた、関係各機関の連携は重要である。平時から必要に応じて災害想定に基づくシミュレーションの結果を共有し、それぞれの災害が発生した時の対処法を理解しておくことが求められる。観光危機管理では住民たちの協力も不可欠であることから、地域を挙げた総合訓練の実施が求められるが、災害発生時には様々な情報の確認が難しい場合があるため、情報共有のための技術研修という目的とともに、必要な情報が確認できなかった場合の対処法、想定外の事態が発生した時の対処法の検討の場としての意味を持たせることが重要であろう。

2. 観光危機管理の難しさ
こうした危機管理計画の難しさは、危機管理計画を機能させるために関与が求められる団体・機関の数が多く、また、省庁横断的な対応だけでなく官民連携が求められることにある。観光危機管理は、行政が動けないケースでも発動する必要があることもあるので、一貫した実施主体としては、DMO(観光地経営組織)が望ましい。また、非被災地で観光版BCMが必要とされる場合、自治体内の活動が本務である行政部門は機動的対応が難しい。
事業者情報の訴求、集客キャンペーン等ビジネスベースの活動が多いため、民間主体であることが望ましい中で、DMOは観光地経営の責任主体として、幅広い活動範囲とネットワークを備えているからである。観光依存度の高い地域の脆弱性と、近年における地方に周遊するインバウンドの増加等を勘案すると、早急な取り組みが望まれよう。

3.沖縄県観光危機管理計画の到達点と限界

沖縄県は、日本の都道府県の中でも県経済における観光の比重が最も高く、観光産業県の「リーディング産業」と位置付けられている。沖縄県は一年の間に何回も大型台風に見舞われ、そのたびに航空や陸上交通が長期間運休して、大量の帰宅困難者が発生する。それに加えて、米国の同時多発テロ、SARS、東日本大震災など、県外で発生した事件や災害の影響により、観光産業が多大な損失を受けてきたという経緯がある。

そんな中、東日本大震災の被災地の様子を見て、当時の県観光政策統括官、下地芳郎氏は観光危機管理の必要性を痛感して、六月の補正で観光危機管理モデル事業の予算案を確保し、同年秋に全国初の総合計画策定事業を立ち上げることとなった。氏の努力は、2014年度の「沖縄県観光危機管理基本計画」の策定、2015年の「沖縄県観光危機管理実行計画」の策定という形で結実し、「安全・安心・快適な世界水準の観光リゾート地の形成」という大きな目標のもと、既存の法制度の下で作られた様々な計画との関係を考慮しながら、観光危機管理計画の実施方法に関する手順が細かく定められることとなった。その後はこれらの計画に基づき、県内の市町村や観光関連事業者の観光危機管理に関する取り組みが促進されている。

さて、沖縄県観光危機管理計画は、非常に完成度が高いものといえるが、他の都道府県への応用可能性という点では、様々な限界があることもまた事実である。
沖縄県は台風の通り道にあって、毎年のように頻繁に災害に見舞われ、そのたびに観光客は何らかの被害を受けてきた。県の経済に占める観光の比率は大きく、観光に関わる人口が多い。世界各地における観光地の開発により、同等以上の観光地としての魅力を持つ地域も数多くあることから、世界規模の競争に勝ち抜くためには、「安全・安心・快適な沖縄」というブランドイメージを棄損する事態は、行政としても可能な限り未然に防ぎたい。また、近隣の都道府県から地理的に離れた島であり、人口規模が小さく移動も少ないことが、異なる団体・機関の間での協力体制を作る上で、有利に働いたものと思われる。想定される災害の種類と、関連する計画を見れば、全てが県単位で完結しており、他県の計画との調整を要するものは存在しない。

しかしながら、他県特に大都市の場合、災害の頻度が大きく異なるのに加え、地域の産業構成、地域住民の規模、観光客の規模が異なることから、自治体側の関心は沖縄に比べれば低い。それに加えて、災害の規模や種類によっては、近隣自治体との連携が必要となり国との関係を視野に入れる必要がある。市町村合併や行財政改革により、地盤・河川・山林などの管理のための予算は限られている。道路網・鉄道網・航空網などについては様々な企業が関与し、それぞれの企業の間での情報管理や情報共有の方法が統一されていなければ、有機的な連携もままならない。リーダーシップや責任問題、コスト負担など、活動に関して解決しなければならない問題も多い。これらのことを考慮すれば、他の自治体において本当に機能する観光危機管理計画を策定し実施するには、沖縄県とは全く異なるレベルの困難を解決していく必要があるといえよう。


天野徹
天野徹

明星大学人文学部人間社会学科教授。
専門は、情報社会学・社会統計学・都市社会学。東京都立大学大学院博士課程単位取得中退。社会学をベースに、文理融合・問題解決の知のあり方を追求してきた。(財)あしたの日本を作る協会の委員として、webサーバーを立て、「地域づくり運動情報データベース」を構築・公開。社会調査の領域に、ハイパーテキストを活用したプレゼンテーション作りや、3Dモデリングによる景観シミュレーションを導入。東日本大震災の後、自ら提唱したコミュニティ・ネットワークの理論をもとに、災害レジリエンスを備えた社会システムと、それを実現するための情報システムを構想。PHP、Java Script、CSSなどを用いて、義援物資マッチングシステムと避難所情報収集システムを構築し、サービスを公開。現在は、インバウンド等の災害対策として、AIを活用した被災者・帰宅困難者誘導システムの構築・一時滞在施設確保のためのビジネスモデルの構築と社会実装に取り組んでいる。

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