観光危機管理新時代・第3回 東日本大震災以降の自治体のインバウンド対策の動向



1.東日本大震災以降の自治体のインバウンド対策の動向
◆インバウンドを対象とした観光危機管理の目標像
高松氏が提唱している観光危機管理のイメージを、東日本大震災発生時に、限定的ではあるが具体的に体解して見せたのは、オリエンタルランドの事例である。
東日本大震災時、オリエンタルランドの二つのパークには、合わせて七万人のゲストが滞在していたが、地震発生と同時に、安全装置が働き、すべてのアトラクションは緊急停止した。その後、オリエンタルランドはゲストに対して、日本語と英語のアナウンスで状況の説明を行うとともに、キャストたちが落ち着いた表情でゲストの避難誘導を行った。こうした対応が功を奏して、パーク内でのパニックの発生は皆無であり、死傷者も発生しなかった。
パーク内に滞在するそれぞれのキャストは、自分の判断でショップにある衣料品やぬいぐるみだけでなく、お菓子などの食品もゲストに提供して、パーク内に滞在する被災者たちの不安や寒さ、空腹を軽減させようと試みた。それに加え、子度たちを元気づけるために、即興でお話をしたり、「隠れミッキー」などのゲームを行ったりしたのである。
こうしたパーク側の対応が功を奏して、ゲスト達は「ちょっと怖かったけど、またTDRに来たい」という気持ちとなって、帰宅することができたのである。

◆東日本大震災以降のインバウンド向けの観光危機管理計画の原則
平成26年10月に国土交通省観光庁が作成した「訪日外国人旅行者数の安全確保のための手引き~地域防災計画等に訪日外国人旅行者への対応を記載するための指針~」では、訪日外国人旅行者への対応の基本方針について、次のように定めている。
・行政の方針としては、まずは災害発生時に落ち着いて安全確保行動をとってもらう。その後、適時・適切な情報提供のもと、安全かつ円滑に安全な場所(次の目的地)に移動、または帰国行動をとってもらう。当地に留まらざるを得ない場合にも、安心して当地の宿泊施設あるいは避難所に留まっていただく。
・情報提供について、大使館と警察・消防、自治体、交通事業者と、マスコミ、観光協会が連携して、情報提供を行う。こうした連携のもと、観光施設と宿泊施設、公共施設・店舗棟で、訪日外国人旅行者の安心安全をはかる。
ここからは、観光立国を目指す日本が、セクタの枠を超え国境の壁を越えた連携の下で、インバウンド向けの観光危機管理対策を進めていくという、決意に似たものを感じ取ることができる。

◆2018年に露呈した観光危機管理の欠陥
しかしながら、2018年に発生した大阪府北部地震、北海道地震および関西空港タンカー衝突事故の後の処置は、関係各部署が尽力したにもかかわらず、観光危機管理という点から見れば、残念ながら十分な効果を発揮したとは言い難い。発災時点においては、沖縄県と同様の長期的視点に立った観光危機管理計画が策定されていなかったのに加え、広域交通ネットワークが発達した都市部では、直接の被災が実感できない地域においても交通機関の混乱が発生するが、インバウンドの多くはそうした事情を理解できなかったこと、自治体その他の機関が多言語対応の準備をしていても肝心のインバウンドにその情報が伝わらず、彼らが活用できる形での情報提供ができなかったこと、などを挙げることができよう。

◆汎用性の高い危機管理メッセージの多言語化
災害大国日本が観光立国の道を突き進むのであれば、観光危機管理計画の策定は避けて通ることのできない問題である。しかしながら、大規模災害の影響が局所的なものにとどまることはまれで、その影響が広域に及び、危機への対策に様々なセクタが関与する必要があるとなれば、自治体の広域連合や国の関与なくして計画の策定は難しい。それゆえ、すぐに実行可能な観光危機管理の具体策として、多言語対応のコールセンターや定型文の用意、災害対策アプリの作成が行われてきた。しかしながら、災害発生時には通信回線や電源の途絶が発生することもある。災害発生直後の、被災概要と発災直後に取るべき行動に関する情報、そして、避難行動や携行すべきものについての情報については、いかなる災害においても発生直後にそれぞれの言語で伝えられるようにしておくことが望ましい。災害時には、大きな混乱が発生すると同時に、問題解決に必要な資源の獲得競争が発生するが、事前にできる限りの対策をしておくことで、混乱と競争を収拾可能なレベルにまで抑制することができるはずだからである。
たとえば、一般社団法人 日本自治体国際化協会は、日本語以外の六か国語で、140種にも及ぶ災害対応メッセージを公開している。また、東京都では災害時に活用できるピクトグラムをHPから公開している。例えばこうした音源を事業所内の複数のノートパソコンに収録しておき、宿泊客の使用言語に対応したメッセージをいつでも発信できるようにしておくとか、ピクトグラムを印刷してパネルの状態で用意しておくだけでも、一定程度の効果は期待でき、また、災害対応のサービスに対する不要な負担を減らすことができるだろう。

◆観光危機管理とパーソナライズされた情報提供
災害発生時にインハウンドが必要とする情報は多岐にわたるが、行動区分、必要とする情報、主な情報提供手段という点から分類・整理すれば、次のようになる。まさに、本人の滞在場所から、宿泊施設に戻り、空港に至って、帰国するまでの間、安心して行動するために必要なものを網羅した形だが、こうした情報を被災者一人一人が検索して入手し、判断することは困難であるし、ネットワークに対する負荷も大きくなる。

 

 

したがって、情報提供の主体となる機関・団体には、情報発信に用いるデータをJSON形式で公開する、あるいはAPIを通して公開することにし、様々なアプリで自由に検索・加工できるようにして、パーソナライズされた災害情報を簡単に入手できるアプリの開発を促すなど、必要な情報を最小限の負荷でユーザーに提供できるような環境を作っていくことが求められよう。

2.情報提供による観光危機管理の限界とは
◆観光プロモーションと災害意識のはざまで
日本が観光立国としての発展を目指す際の最大の問題は、日本が災害大国であるという事実である。そして、日本を訪れる外国人たちに、日本が災害大国であり、いついかなる時であろうとも、常に災害に遭遇する危険があると知らしめることは、観光危機管理を進めていく上で非常に重要なことである。
これまで発生した災害時に、インバウンドが経験した事態としては、次のようなことが知られている。
・自治体が発信する避難指示の内容が理解できず、避難行動の開始が遅れた。
・母国で地震の体験がなく、事態が理解できないのに加え、揺れが収まった後に何が起こるのか想像がつかなかった
・原子力発電所の事故情報を理解できなかった。
・災害時の通信の混乱(輻輳など)で発災から数日間、家族と連絡が取れず、不安の中でホテルに留まるしかなかった。
・宿泊していたホテルが利用できず、航空機の運航や空港までの交通機関も止まったので、近くの避難所での生活を強いられた。

すでに見たように、災害が発生したとしても、適切な観光危機管理が実施されれば、災害に遭っても対策の行き届いた観光地として、評価を高めることができる。これからの日本は、そのことを踏まえて、観光危機管理計画の整備を行っていくべきであるし、日本を訪れる外国人旅行者には、起こりうる災害の種類と災害発生時の対処法について自信をもって伝え、安心して観光を楽しめるようにするべきではなかろうか。

◆観光危機管理における「情報」の有効性と限界
大阪府北部地震では、鉄道の運行状況についての情報が得られないため、インバウンドが駅に殺到し、大きな混乱が発生した。外国人観光客の中には、鉄道ネットワークの広がりがわからず、大阪北部で発生した地震が大阪市内の鉄道の運行状況に影響することを理解できないために、事態そのものを理解できなかったという指摘もある。こうしたことを考えれば、外国人観光客が災害時に適切な行動を選択するにあたっては、「状態に関する情報」だけでなく「理由に関する情報」も加えて提供することが、重要であるといえよう。
また、シミュレーション技術が発達した現代においては、道路のキャパと予測交通量を用いた渋滞の予測や、電車のキャパと乗降客の予測数を用いた混雑度の予測は十分に可能である。したがって、一人一人の観光客に、渋滞予測や混雑予測を知らせ、対策として取りうる選択肢を提示することによって、個人レベルでの行動の最適化を期待することは、ある程度は可能であろう。ただし、京都府内でも観光名所が散在する地区や、東京の都心三区などでは、人口量が公共交通機関のキャパを大きく超える事態が頻繁に発生する。そうした状況下で大規模災害が発生した場合、一人一人の被災者は身の安全を守るための行動を最優先に行う必要があり、二次被害を避けるためにはパニックに陥らず落ち着いて秩序だった行動を行うべきであって、個々の被災者が個人レベルでの情報を収集して個別に動くことは、かえって危険な事態を招きかねない。このように考えれば、パーソナライズされた情報提供は、災害の種類や規模だけでなく、個人の属性や置かれている状況、災害発生後の時間など、様々なことを考慮して行うべきであるといえよう。

3.Society5.0の時代にこそ重要なリアル空間のマネジメント
◆サイバーフィジカルとAIそして5Gの可能性
総務省が公表したSociety5.0の構想を具現化するものとして、高性能コンピュータによるサイバーフィジカルや5Gによる高速通信がある。量子コンピューティングによる製造プロセスの改善により、従来よりも30%の生産性UPを実現した企業もあるらしい。こうした技術を準天頂衛星「みちびき」の機能と連動して現実空間に応用すれば、自動運転を用いた交通の最適化、公共交通網利用者に対する最適化ナビゲーションの提供。そして、モバイル位置情報などによる予測と、ナビゲーションシステム利用者から推定した混雑回避ルートのレコメンド、場面情報提供による迷走の予防など、様々なことが可能になる。駐車場の空き情報の提供など、すでに実現しているサービスも多いから、こうしたものを多言語対応にして、インバウンドの活用を促すことから始めるのが有効であろう。
さらに、飲食店やお手洗いなどにできる行列を、災害になぞらえて、待ち行列の予測情報及びリアルタイムの待ち行列の状態に関する情報を提供する、あるいは、イベント開催時に待ち行列を予測して簡易トイレの増設を行うなどの、試みを行うことも有意義である。例えば東急電鉄では、日立製作所の人流可視化ソリューションを各駅に装備して、「駅視-vision」という名称で、駅利用者に無償提供している。大雪や事故などで運行停止あるいは遅延などの事態が発生した時に、それを知らずに駅に人が集まってしまうと、混乱が拡大してしまい、駅員による対応が追い付かない。鉄道会社側も一つ一つの駅の状態を正確に把握し、予想を示すことは困難だ。であれば、その時点における駅の構内の状態を、プライバシー情報を捨象して利用者に提供してはどうか。そうすれば、東急電鉄の利用者は、自分で自分の利用駅の状態を確認し、遅延や混雑の状況を判断して、駅に行くタイミングを判断することができるはずだ。利用者各自が最適な意思決定をすれば、駅の利用者全体の行動が改善され、鉄道利用満足度が向上するだろう。システムの導入の裏には、そうした深謀遠慮があった。
東急電鉄の試みは、利用者から受け入れられ、改札の混乱具合をリアルタイムで確認できると好評である。初詣や七五三、初詣や拙文などのイベント時、入試や入社式、入学式や卒業式など、特定の路線や駅に人口が集中するときだけでなく、災害時においても、混雑情報・人口の密集状況に関する情報の把握は、重要な意味を持つ。こうした情報がデータ化されて共有・蓄積され、AIなどによって分析・予測が可能になれば、様々な事態に対してプロアクティブに対応することが可能となるはずである。Society5.0が、人間中心の情報環境の活用を目指すものであれば、こうした形での応用こそはその肝となるものというべきであろう。

◆高度情報環境に内在する問題と外在する問題とは
2018年に発生した災害では、電源途絶という事態は発生したものの、災害発生直後に、インターネット等で情報を取りに行った際、非常に多い頻度でアクセスが集中しダウンするという事態は発生しなかった。しかしながら、5Gの時代には、特定のサーバーにアクセスが集中してダウンし、復旧にかなりの時間が必要となることも予想される。そういった事態を避けるために、ソフト、ハード両面の動作確認、検証が必要である。
さらに、高度情報時代には、情報環境以外のリアルな環境の持つ様々な制約が、今まで以上により大きな障壁となって問題解決を阻むことも考えなければならない。2018年には関空に向かう橋にタンカーが衝突し、関空自体の浸水と相まって、長期間にわたって使用不可能な事態が発生した。このことから予測されるのは、今後もまた羽田空港や関西空港など被災地付近の空港が長期にわたって使用できない事態が発生する可能性があること、その際に多くのインバウンドが帰国困難な状態に陥る可能性があることである。
観光大国を目指す日本は、こうしたことを想定して、どのような災害が発生したとしても、訪日外国人を帰国するまでケアできる体制を、事前に構築しておくことが必要であろう。


天野徹
天野徹

明星大学人文学部人間社会学科教授。
専門は、情報社会学・社会統計学・都市社会学。東京都立大学大学院博士課程単位取得中退。社会学をベースに、文理融合・問題解決の知のあり方を追求してきた。(財)あしたの日本を作る協会の委員として、webサーバーを立て、「地域づくり運動情報データベース」を構築・公開。社会調査の領域に、ハイパーテキストを活用したプレゼンテーション作りや、3Dモデリングによる景観シミュレーションを導入。東日本大震災の後、自ら提唱したコミュニティ・ネットワークの理論をもとに、災害レジリエンスを備えた社会システムと、それを実現するための情報システムを構想。PHP、Java Script、CSSなどを用いて、義援物資マッチングシステムと避難所情報収集システムを構築し、サービスを公開。現在は、インバウンド等の災害対策として、AIを活用した被災者・帰宅困難者誘導システムの構築・一時滞在施設確保のためのビジネスモデルの構築と社会実装に取り組んでいる。

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