観光危機管理新時代・第5回 観光危機管理のポイント


はじめに

本シリーズの論考も、第五回を迎えることになった。

今回は、著者が2019年1月25日に、全国から集まった76名の自治体等行政職員を対象として市町村アカデミーで行った「観光危機管理のポイント」という講義の内容を交えながら、観光危機管理を実現するための情報システム・社会システムの社会実装について考察してみることにしたい。
1. 観光危機管理計画の実装─2020東京オリンピックに向けて─

◆目指すべきイメージ:オリエンタルランド・スマトラ島

観光危機管理計画が実質的に機能するためには、サプライサイドからではなく、ユーザーズサイドからの発想が求められる。これを端的に表現すれば、実際に被災者としての経験を強いられた観光客がパニックを起こしたり不安や寒さなどを感じずに済み、「ちょっと怖かったけど、また来たい」という気持ちになって帰宅してもらうにはどうすればよいか、「災害が来ても安全なリゾート」「高いレベルのサービスとホスピタリティのある観光地」として評価を高めるためにはどうすればよいか、ということになる。

2004年にスマトラ地震と津波に見舞われたプーケット島、そして、2011年の東日本大震災時にゲストに対して厚いケアを行ったオリエンタルランドなど、国内外にいくつもの参考例がある。

◆人口分散について:ICTの活用

日本政府によれば、東京五輪が開催される2020年には、訪日外国人旅行者は4000万人を数えると予想されている。五輪期間中は東京に1000万人、一日あたり92万人の来場者をどう運ぶか。一日平均乗客数850万人のメトロ+都営地下鉄だけでさばけるのか、疑問を投げかける識者もいる。混雑率200%を超える車両が1.5倍に増加する、あるいは、朝のラッシュ時には鉄道が止まる恐れがある、予定の時間に競技場にたどり着けない人が続出する、などの試算が示されているのである。

一方、東京都は大会輸送影響度マップを公開。大会期間中、一時間刻みで、高速道路、一般道路、鉄道(路線)および競技会場等周辺の「大会輸送影響度マップ」を作成・公開している。その他、埼玉方面ではなく多摩ニュータウンの空き家を活用することで、鉄道混雑度が緩和されるとの試算を行った研究もあれば、観光客にリアルタイムの混雑情報を提供することで混雑の緩和を目指す活動もある。

しかし、観光客を郊外に展開させるということであれば、郊外にVRやAR、MRの技術を使って、臨場感と一体感を感じさせるパブリックビューイングの会場を設置し、公式ショップなども併設することによって、会場へ向かう観光客の数そのものを抑制するという方法もありうる。Society5.0が実現する高度な情報環境を選択的に実装することにより、無用な混雑を避け観戦客の満足度を上げると同時に、観光危機管理対策を行ってはと思う。

◆避難誘導について:ICTの活用

東京五輪開催中、大規模災害が発生し、外国人旅行者に対してICTを活用した避難誘導が特に求められるのは、耐震・耐火性能を備えた宿泊施設に滞在している時や、公共交通網を利用しているとき、スタジアムやパブリックビューイングの会場などにいるときなどといった、誘導責任者がいる時ではなく、駅から会場までの途上や飲食・買い物・散歩などの途上で被災した場合であろう。多言語メッセージツールやピクトグラムなど、多人数を誘導する手段は多く公開されているから、それらをうまく活用すればいいだけだ。

集団としてではなく、個人として行動している時に被災すると、マスとしての単位で誘導する者がいない。そのような際に、その人の属性と置かれている状況に応じて、行くべき地点と、事故や混雑や火災などを避けられる、安全かつ最短なルートを、わかりやすく伝えることのできるツールは、時にインバウンドの生命を左右するほど重要なツールとなる。

準天頂衛星、ドローン画像、ネットワークカメラ、ストリートビューそして、SNSやマスコミの情報などをAIで判断することを通して、個々人に最適化された避難行動ルートを、道順情報を場面ごとに示すことによって、伝えることは技術的に可能である。2015年に渋谷で開催されたNPO防災祭りで、参加者を被災者に見立てて道順情報を活用して属性別に別ルートで別の場所に誘導する試みを行ったところ、誘導率は100%であったので、東京五輪で初めて日本を訪れた外国人観光客についても、同様の効果を期待できるものと思われる。

◆情報収集・物資支援について:ICTの活用

大規模災害発生時の被災者支援にとって最も必要な情報は、被災者の所在および属性別の人数と傷病者・要支援者等の状態に関するものであろう。広域避難場所にどのような人がどれだけ集まっているか、公的避難所に加え、いわゆる勝手避難所、一時滞在施設がどこにありどのような人がいるかを知ることが、支援活動の第一歩となる。東日本大震災時にはLINEやtwitterなどが被災地からの情報発信の手段として用いられたが、その場に集まっている被災者全体の情報を包括的に集め、訪日外国人の同定を行うことを想定すれば、避難場所・避難所からの情報発信ツールは、そうした情報を一定のフォーマットに従って整理した形のものにすることが望ましいだろう。

さらに、被災地で必要としている物資については、被災地に無用な混乱を発生させないために、必要なものを必要な時に必要な量だけ届けるような仕組みが必要不可欠である。特定の企業やNGO・NPOだけでなく、広く市民から義援物資を集めて被災者に届けるためには、後方支援基地・遠隔支援基地の設定と、マッチングシステムを用いた物資調整を行う体制を作ればよい。遠野まごころネットや仙台市社会福祉協議会など、参考にすべき先行事例は幾つもあるのだから、物資を限定して集める方法や、被災地内の小売店の再開に頼るだけでなく、災害弱者がつらい思いをしなくて済むような工夫を考えたい。

明星大学天野研究室では、上記二つの活動を支援するために、避難所情報収集システムと義援物資マッチングシステムを独自に開発し、そのサービスを無償公開している。次の大規模災害を想定して、衛星wi-fiを通した商用サービスとして社会実装する話も進んでいる。避難所情報収集システムでは、広域避難場所や民間の一時滞在施設に身を寄せている外国人観光客の情報を集めることも可能だから、所在確認の後に最適ルートを解析して大型バスで救援に向かい、環八周辺のターミナルまで移送することができれば、東日本大震災時にオリエンタルランドが実践した観光危機管理と同等の災害対応を実現することが可能となり、災害大国という悪条件を観光危機管理の整った国という高評価に転じることもできるだろう。

◆一時滞在施設について:JTBやAir B&Bの活用

首都直下型地震を想定した場合、環八付近の建物は地震の被害を受けていないものと思われる。そして、環八周辺まで移送された外国人観光客の多くは、疲労あるいは憔悴しているであろう。あるいは、宿泊施設に持病の治療薬など緊急に必要なものを置いてきている場合もある。訪日外国人を扱うツアー会社は、環八周辺のターミナルの付近の宿泊施設あるいは民泊などをそうした方々のために用意し、空港に向かう便に乗り換える前の一時滞在あるいは、手荷物受取の場所として、提供するように手配するべきだろう。

2018年にアメリカで大規模な山林火災が発生した際には、被災者のための一時滞在施設を、Air B&Bが無償で提供しているが、非常時には様々な企業がそれぞれの得意な領域で力を出し合って、被災者の支援に尽くすことが重要である。近年問題となっている空き家にリノベーションを行い、不測の事態に備えることも考えるべきであろう。人口減少が続く日本では、災害時にシェアの対象とできる建築空間が潤沢にあるのだから、発想を柔軟にすれば災害に備える方法はいくらでも考えられるはずで、現行法上困難であるとか前例がないから難しいということであれば、既存の法制度を検討すべきではないか、と思う。

◆分散帰国について:JR東日本、JTB、航空会社の活用

環八周辺のターミナルからは、新幹線や長距離バスで、東京から比較的近い七つの空港に観光客を分散させ、便を確保してそれぞれの母国へと送り出す。福島空港は現在、チャーター便以外、国際便の就航はないが、オリンピック開催期間中およびその前後一定期間は海外からのチャーター便を積極的に受け入れ、インバウンドの帰国のために活用すべきであるし、大規模災害時には、母国からの救援便の飛来が想定されるので、そうした事態に備えた準備も行っておくべきであろう。

こうしたプランの実現のためには、様々な企業・団体の協力が必要であるから、東京都および国の関与が必要となる。観光立国日本を国際的にアピールするためにも、国を挙げての取り組みが期待される。

過去、長野五輪やリオ五輪においては、閉会式後帰国を急ぐ観光客が殺到したために、大きな混乱が長く続いたことが知られている。東京五輪では、1000万人の観光客が訪日すると予測されているため、何の手も講じなければ、過去に倍する混乱が発生し、都市機能が阻害され日常生活や通勤などに支障が出る可能性が高い。したがって、ここで提示した分散帰国の仕組みは、災害が発生してから機能させるのではなく、災害が発生するしないにかかわらず観光客が来日する以前の時点から、帰国のための経路を組み込んだ商品として売り出す形で社会実装することが、望ましい。羽田空港を使うよりも、混雑を避けられて待ち時間も少なく、様々な付帯サービスがつく上に電子クーポンがもらえるなどというかたちにすれば、市場メカニズムを通して観光危機管理を行うことも可能だろう。また、電子クーポンのシステムを災害発生後の所在確認に活用できれば、支援活動をより良いものにすることもできるだろう。

2.観光危機管理と地方創生─東京オリンピックを契機とした日本再創生─

◆目指すべきイメージ:コミュニティ・ネットワーク

1995年のwindows95の発売により、インターネットの利用が進むと、それまでの所謂パソコン通信の制約がなくなり、地域や組織、団体などの垣根を越えた個人間のネットワークが、ごく当たり前に形成させるようになった。そして、こうした、いわばボーダレスなネットワークを通して、ヒト・モノ・金・情報などの「資源」が「動員」され、様々な地域の問題を解決する活動が行われるケースが、次第に生まれてくることになる。こうした特性を持つ問題解決行動をコミュニティ・ネットワーク・アクションと呼び、その母体となった人々のつながりからなる集団のことを、コミュニティ・ネットワークと呼ぶ。地域社会には様々な問題が次々と発生するが、それらの問題を解決するための資源は、地域社会の担い手のもとにあるとは限らないし、地域社会の担い手そのものも時代とともに変化していく。それならば、地域社会の問題解決を志す人のところに、電子空間上で形成された人的ネットワークを介して様々な資源を動員し、問題を解決すればいいではないか。様々な人が持つ多様な資源を、特定の問題解決のためにシェアすることで、解決できる問題は少なくない。インターネットの普及とともに、そうした活動が、様々な形で、展開し始めたのである。

さて、世界中の様々な国から、東京五輪に1000万人の観光客が訪れるといっても、こうした人たちが被災者となったときに必要な物資を備蓄することは、非効率的である以前に不可能である。だが、災害はいつ発生するかわからない。しかし、このコミュニティ・ネットワークの概念を敷衍すれば、「日本社会全体で災害発生から帰国までの間、訪日外国人が必要とするものを、シェアできる体制を作ればよい」というアイデアが得られる。阪神大震災以降、義援物資を供出したいという市民や企業はあまたあるのだから、このアイデアを社会に実装するためには、必要なものが必要な時、必要な量だけ必要な人に届くような仕組みを用意すればよいだけである。

◆観光地と後方支援基地、遠隔支援基地という役割設定

そうした仕組みを作る上は、仙台市社会福祉協議会が実践した避難所支援の仕組みが、大いに参考になる。仙台市社会福祉協議会では、東日本大震災が発生すると、支援すべき避難所を決定した上で、それぞれの避難所が必要な物資の情報を収集。これを四つの県に伝え、義援物資の収集を依頼した。県では集まった物資の情報を仙台社協に伝達。それを受けて、仙台社協からはそれぞれの県に物資の要請を行う。市の地下駐車場を物資の集積所として集荷し、すみやかに各避難所へと物資の配送を行ったのである。物資の保管や集荷を被災地外で行うことによって、被災地では物資の混乱は発生しなかった。出荷を終わった後には、地下駐車場には物資が全く残らなかったという事実は、物資をマッチングして発注するという仕組みが被災者支援をスマートに行う上で重要なポイントとなることを実証している。

東京五輪開催中に災害が発生した場合の外国人観光客に対する支援もまた、これと同様の仕組みを全国規模で展開するという発想で行えばよいのではなかろうか。その時のためだけに備蓄を持つのは非効率的であるし、日本国内のエスニック関係の商店では外国人観光客のために物資をそろえているはずである。国内に散在するエスニック・コミュニティは、同国人の支援に労を惜しまないだろう。留学生たちも、支援活動のために、活躍してくれるに違いない。コミュニティ・ネットワークの考え方を用いて彼らを結び、義援物資マッチングシステムを使って物資のシェアリングを効率化すれば、極めて効率よく、しかも、関係者の全てが満足できる形で、外国人観光客の災害対策が実現する可能性が高いといえよう。

◆都市間連携と個人間の保険契約

東日本大震災時に姉妹都市や災害時応援協定などを結んでいる市区町村の間で支援と受援の関係が形成され、被災地支援・被災自治体支援に貢献したということで、様々な形での自治体連携が推奨されるようになった。通常、自治体の広域連合といえば、たとえば関西広域連合のように、近隣にある自治体同士で連携することが多い。しかしながら、岩手と福岡というような地理的に遠く離れた自治体が連携すれば、大きな災害から同時に被害を受ける可能性が低くなるため、一方の自治体が被災した際に他方の自治体から支援を受けることができる。こうしたことから、特に距離的に離れた位置関係にある自治体同士の連携は、災害対策として非常に有効といえる。

同様のことは、個人についても応用することができる。たとえば、首都直下型地震が発生する可能性の高い東京に住む人が、同時に被災する可能性の低い福岡や滋賀に住む人と、災害時の住宅シェアの契約をする。あるいは、空き家の所有者にリノベーションを施してもらい、大規模災害発生時に家族に住まわせる契約を結ぶ、という形である。災害はいつどこで発生するかわからないので、損害保険の仕組みを利用して、平時は掛け金を払う。契約者が使用しないときには、持ち主がAir B&Bなどを通して旅行客に貸し出せばいい。さらに、先に見たトレーラーハウスを活用することにすれば、様々なシナリオを考えることもできる。平時はキャンプ場などに貸し出してリース料を受け取り、他地域で災害が発生した際にはみなし仮説として貸し出す。自らが被災した時には、インフラ復興後に自宅付近まで移送して活用することにすれば、平時に経済活動を行いながら災害に備えることも可能だ。こうした仕掛けをうまく作ることができれば、民間レベルで継続的に大都市から地方への資金が流入するから、地方創生にも役立つはずである。

◆人種・民族・宗教によるネットワークレイヤー

東京五輪における外国人観光客に再びフォーカスすることにしよう。

イスラム教徒がハラル認証を経た食品しか口にできないことはよく知られている。そこまで厳格ではないにしても、人種や民族、宗教による食習慣の違いや価値観・ライフスタイルの違いを理解しなくては、被災した外国人に対して効果的な支援を行うことはできないだろう。そのようなことを考慮すれば、インバウンドを対象とした災害対策には、人種・民族そして宗教を共にする人々のネットワークを、幾重にも形成しておく必要があるものと考えられる。

その際問題となるのは、それぞれのネットワークレイヤーにおいて、日本語が用いられるとは限らないこと、そして、国が違えば類似の名称の物資でも内容が異なることがあるということである。物資のカテゴリー分けも国ごとに違う可能性がある。こうしたことが重なると、日本人被災者の支援を想定したマッチングシステムを活用することは事実上不可能になるから、物資支援が滞る、あるいは、種類・数量・タイミングが合わなくなる、などの事態が発生することになる。

今一つの問題は、避難所及び一時滞在施設における外国人観光客の間での文化的コンフリクトが発生する可能性がある、ということである。たとえばイスラム教徒は一日五回の礼拝を行う。また、日の出の一時間以上前から礼拝の準備をしなければなないため、大変な早起きをする。これはほんの一例であるが、オリンピックのホスト国の日本では、多様な価値観やライフスタイルそして宗教を持つ外国人たちがそれぞれ、安心して休息できるような環境の在り方について、考えておく必要があるだろう。

◆多様性を内包する重層的ネットワークを東京五輪のレガシーとするために

本稿では主として、2020年の東京五輪開催期間中に、首都直下型地震が発生した場合を想定し、その対策を検討してきた。しかしながら、大規模災害、特に地震は予知が困難であり、日本国内であればいつどこで発生してもおかしくはない。そして、このことを考慮すれば、東京五輪を契機として様々な自治体間連携が結ばれ、いついかなる場所で災害が発生しても、後方支援基地と遠隔支援基地を設定できて、義援物資を有効活用できる体制を構築すること。すなわち、災害レジリエンスを実現する社会システムを、東京五輪のレガシーとして日本全体に実装することが、観光立国の更なる発展のためだけでなく、日本国民にとっても非常に重要なことといえる。

そしてその際には、日本国内に存在する様々なエスニック・コミュニティや、外国人支援団体、および多様な宗教やライフスタイルに対応できる店舗など、在日外国人にかかわる集団・団体・機関を緩やかなネットワークで結び、彼らが同胞たちを支援する活動を惹起し、継続的な活動を可能とするような情報環境・社会環境を提供すること、そして、彼らの活動を補完するような日本人の活動を促進するという視点を、忘れないようにしたい。観光立国日本において、在日外国人は重要な戦力である。東京五輪が、そのことを社会的に認知させる場になるとしたら、それは観光立国の新たなページを開くもう一つのレガシーとなるだろう。


天野徹
天野徹

明星大学人文学部人間社会学科教授。
専門は、情報社会学・社会統計学・都市社会学。東京都立大学大学院博士課程単位取得中退。社会学をベースに、文理融合・問題解決の知のあり方を追求してきた。(財)あしたの日本を作る協会の委員として、webサーバーを立て、「地域づくり運動情報データベース」を構築・公開。社会調査の領域に、ハイパーテキストを活用したプレゼンテーション作りや、3Dモデリングによる景観シミュレーションを導入。東日本大震災の後、自ら提唱したコミュニティ・ネットワークの理論をもとに、災害レジリエンスを備えた社会システムと、それを実現するための情報システムを構想。PHP、Java Script、CSSなどを用いて、義援物資マッチングシステムと避難所情報収集システムを構築し、サービスを公開。現在は、インバウンド等の災害対策として、AIを活用した被災者・帰宅困難者誘導システムの構築・一時滞在施設確保のためのビジネスモデルの構築と社会実装に取り組んでいる。

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