甘やかす政治から見守る政治へ


今、世の中で政治に対する要望を見ると、「高齢者福祉をやってくれ」、「子育てやってくれ」、「地方活性化のために・・・」、とその他諸々のタックスイーターの意見ばかりが幅を利かす状況となっています。

メディアを見ても「政府は対応が手ぬるい」「規制を強化すべきだ」「99%と1%が云々」などの声の大きい人々の陳情が並べられています。これらは福祉国家の名の下に国民を甘やかしてきた政治・行政が生み出した社会の成れの果てと言えるでしょう。

冷戦の緊張感が解けた90年代以降、多くの国民の我儘と責任放棄に対し、多様性ときめ細やかな対応という言葉を用いた政府の活動の肥大化が進んできました。これらの国民からの甘えを美辞麗句を並べて包みこむ空気が政治・行政に充満し、政府に要望を上げれば実現されると思い込んでいる駄々っ子のような国民が自らの姿を顧みることがなくなりました。

90年代のノーパンシャブシャブ事件から始まり、直近に至るまで政治・行政の不祥事が後を絶つこともなく、政治・行政に対する国民の信頼を損ね続ける状況が続いています。そして、次第に国民に対して大人としての毅然とした態度を取る政治家も少なくなりました。

その結果として、くだらない人気取りのパフォーマンスのための国会質問が平然と行われている立法府の堕落が生まれています。駄々っ子と同じレベルに自らが落ちることを寄り添うという言葉に言い換えることは間違いです。

今、必要な政治の姿とは国民の成長を見守る政治です。直ぐにピーピーと泣き叫ぶ子どものような国民に対し、自らの自立と成長を促し、そして忍耐強く見守る政治が必要です。駄々っ子を甘やかすことは簡単ですが、黙って見守ることは本当に強い人間にしかできないことです。人間の成長には、家族から突き放されて自立する瞬間が必要であり、自分以外の他者を見守ることの意味への理解を深めるべきです。

そのための前提として、政府支出の削減を積極的に行い、自らを律した質実剛健な政府運営を行うことは当然です。国民が毎年支払う税金に甘え、将来世代に負担を転嫁することに甘え、そして自分たちの仲間と暮らしを守ることなど許されません。納税者の信頼によって支えられていることを再認識すべきです。

税金の使途について国民から文句が出ない程に徹底したスリム化、合理化、高度化を実現する必要があります。他人に甘えを許さない以上、政治家や政府が自らがそれ以上に律することは当然のことです。

今、日本に必要なことは、国民も政府もお互いに相手を甘やかす政治はやめて、お互いの成長を見守る政治に移行することです。それは忍耐強くある必要があり、見方によっては厳しすぎるように見えるかもしれません。

しかし、その毅然とした姿勢こそが人々の中に自信と誇りを生み出し、国民が自分自身の人生を引き受ける大人になることができるのです。


渡瀬 裕哉
渡瀬 裕哉

パシフィック・アライアンス総研所長
早稲田大学大学院公共経営研究科修了。トランプ大統領当選を世論調査・現地調査などを通じて的中させ、日系・外資系ファンド30社以上にトランプ政権の動向に関するポリティカルアナリシスを提供する国際情勢アナリストとして活躍。ワシントンD.Cで実施される完全非公開・招待制の全米共和党保守派のミーティングである水曜会出席者であり、テキサス州ダラスで行われた数万人規模の保守派集会FREEPACへの日本人唯一の来賓者。著書『トランプの黒幕 共和党保守派の正体』(祥伝社)は、Amazonカテゴリー「アメリカ」1位を獲得。主なメディア出演実績・テレビ朝日「ワイド!スクランブル」、雑誌「プレジデント」「ダイヤモンド」など。

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