2018年インド予算案から見える現代インドの課題



ナレンドラ・モディ首相

2018年2月1日、アルン・ジャイトリー財務大臣が2018年度のインド国家予算案を発表しました。予算発表では、政府の今後の政策と共に税制改正が発表されるためインドの政治的なイベントの中でも主要なものの一つです。

政策の特徴

今回の予算案では、一般納税者向けの減税や購入価格の引き下げにつながるような基本関税の変更には目立ったものはありませんでした。一方で2018年に州選挙、そして2019年に現行ナレンドラ・モディ首相の再選を左右する下院(Lok Sabha)総選挙が控える中で、票田となる農民、貧困、低所得、求職者、高齢者向けの政策を中心とした発表となりました。付け加えますと、インドでは第一産業に従事する比率が人口の6割程度おり、政策が農民を意識したものであることは珍しくありません。

インド政府は農民所得を2022年までに倍増させるというスローガンの元に、農作物の生産コストの1.5倍での買取を保証した価格保証制度、需給バランスを元に農作物生産を最適化する仕組み、生産者から購入者へ直接販売可能にする販売市場、生産した農作物がより高い価格で販売されるような食品加工設備など様々な施策を提案しています。尚、農業所得に関しては様々な税恩典があり実質農民はインドでは所得税を納めていません。このような背景からも最低価格保証を引き上げるという奥の手を使ってでも農民への公約実現を優先させたいという政府の強い意志を感じます。

また、貧困・社会的弱者家庭向けの新たな世界最大の国家健康保険スキーム(National Health Protection Scheme – NHPS)を発表し、5億人(1億家庭)に対して年間上限50万ルピー(約85.5万円※1)を保障するとしています。しかしながら、既存の1家庭3万ルピーを上限としたRSBYと呼ばれる保険制度との違いが不明瞭であることや、昨年度予算で発表された各家庭10万ルピ―を保障する同様のスキームもまだ導入に至ってないことから、その実現性に関しては疑問があります。

テクノロジーの活用

財務大臣の予算案発表スピーチの中で、教育・金融などの分野でテクノロジーの活用についても言及している部分もあり、興味深い内容です。現在インドでは“デジタルインディア”というスローガン(モディ首相はスローガン好き)が掲げられ、行政処理の電子化を始めとして様々な分野でIT技術の活用が促進されています。

教育分野では、黒板を使う授業から電子掲示板への移項、教員のスキル向上への応用が述べられています。教員向けのデジタルプラットフォーム“Diksha”が2017年末に発表されました。人口増加を続けるインドにおいては、若年層に十分な教育を与えるための学校・教育機関などの施設、そもそも生徒に教育・指導可能な教員が不足しており、オンライン授業や、教材のデジタル化などは、限られた資源の中で効率的に教育水準を引き上げるには有効な手段です。

フィンテック分野では、政府としては中小・零細企業の金融に関してフィンテックが重要な役割を担うとして、今後財務省でもフィンテック企業がインドにおいて成長する土台となるような政策や制度的な仕組みづくりを検討していくとしています。またブロックチェーンなどの分散型台帳システムについても強い関心があり、これらの技術をデジタル化推進の際に活用を検討していくことに言及しています。一方で暗号通貨に関しては法定貨幣としては認めず、非合法活動や決済システムの一端を担うことに関しては排除する方針を示しています。

税負担の微増

最後に税金に関して簡単に触れたいと思います。個人・法人所得税の税率に変更はありませんでしたが、所得税にかかる3%の教育目的税が4%の健康・教育目的税に変更されました。納税者としては税負担が微増した形です。その他個人の税控除の金額などに変更がありましたがここでは割愛します。

関税に関しては“メイクインインディア“のスローガンの下、インド国内への生産移管を促しています。食品加工・電気電子・自動車関連・履物・家具などの領域で関税の引き上げがなされています。今後外国企業のインドへの生産移管につながる数値として注目したいのが、携帯電話に関連するPCBA(電子回路基板)の関税が10%へと引き上げられ、PCBA製造にかかる原材料の関税がゼロへと引き下げられたことです。

現在インドのスマートフォン市場の50%以上は、既に中国メーカーがシェアを握っており、現地で組み立て製造が行われています。しかしながら、国内では主要部品を輸入して筐体への組付けなど簡単な作業しか行われておらず、インド国内では主要な付加価値がつけられていないということが課題になっていました。そこで、今回のPCBA製造にかかる原材料の引き下げとPCBAへの関税適用の措置により、今後より上工程に関してもインド国内で行われるようになっていくことが予想できます。インド政府としても、雇用創出のための製造業誘致・高付加価値の電気電子産業の誘致に関しては積極的な姿勢を示しているため、今年度以降もより川上側の部品製造が促進されるような関税の設定が行われることは間違いありません。

以上、本年度予算は冒頭にも述べましたが、州選挙・下院総選挙を控え例年よりもさらに内向きのメッセージが強い内容となっていました。しかしながら、一方継続的に外資規制の緩和などの積極的な外国投資家受け入れの姿勢も見せており、今後も緩やかなペースではありますが着実な経済成長をしていくと考えています。
※1 為替レート:1インドルピー=1.71円(2018年2月3日付け)


鈴木慎太郎
鈴木慎太郎


米国公認会計士。SGC(スズキグローバルコンサルティング)代表。2010年5月よりニューデリー(インド)在住。40社以上のインド拠点設立、100社以上のインド・会計税務にかかるコンサルティングに従事。2016年よりスズキグローバルコンサルティングを設立し独立。日本企業向けにワンストップでインドの拠点設立・会計・税務・法務をカバーする総合コンサルティング事務所を経営。 URL: https://www.suzuki-gc.com

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