社会資本の老朽化と社会の高齢化 苦境に至る老橋


♫ロンドン橋,落ちた,落ちた。ロンドン橋,落ちた,マイ・フェア・レディ♩♪

このマザー・グースの詩をみて,メロディをつけて口ずさむことができる方は多いであろう。でも,ロンドン橋は,いつ崩落したのでしょうか?1209年に石造りの堅固なロンドン橋ができるまでは,造っては流され,建造しては崩壊していたようだが,この橋は1831年に新たな橋が完成するまで622年にわたって絶え間なく利用されてきた。橋には通行料金が課せられ,収入は修復に用いられシティの収入源となっていて,維持管理が適切になされていた。この新しい橋は,1970年に新たな橋が完成されるまでテムズ川に架かっていたが,その後は大西洋を横断して,米国アリゾナ州のレイクハバス市のコロラド川に架かる橋として1971年に移設される。6世紀にわたって維持された橋が取り壊されたことをもって「落ちた」とされたのか,中世から「落ちる」ことのなかったロンドン橋を逆説的に讃える歌なのか,興味深い。

写真1 ブルックリン側からマンハッタンを望む

注記)左がブルックリン橋,右がマンハッタン橋,ウィリアムズバーグ橋はさらに右奥で見えない(北側)
写真2 ブルックリン橋の歩道から車道を望む

写真3 観光客などで賑わうブルックリン橋

出典)上記3写真共,筆者撮影。

ニューヨーク,摩天楼のそびえるマンハッタンは,ハドソン川とイースト川に挟まれた島である。周囲とは,船,橋,トンネルでしかつなぐことができない(ロープウェイもあるが...)。ニューヨーク市内には2,098の橋梁と21のトンネルがあり,その内ニューヨーク市交通局橋梁部が管理する橋梁は842,トンネルは5である。その中で最も古いものは,1883年に架橋されたブルックリン橋である。その次に古いウィリアムズバーグ橋は1903年,マンハッタン橋とクイーズボロ橋は1909年に完成しており,マンハッタンとその東側ロングアイランドとを結んでいる。1980年代には,ブルックリン橋は「落日に老醜をさらすブルックリン橋 1883年に架橋された本橋も1世紀を経て維持補修がままならなくなり,老朽化の一途をたどっている。おりしも81年5月,日本人カメラマンが錆びついて切れたワイヤーロープの直撃を受けて死亡。いまや荒廃するアメリカの一つのシンボルとさえなっている。」(パット・チョート,スーザン・ウォルター『荒廃するアメリカ』1983年。)と不幸な時期もあったが,その後80年から90年に掛けて,大規模な修繕が施され,現在はその安全で美しい姿を回復し,地元民に愛され,観光客で賑わう橋となっている。一方,ウィリアムズバーク橋は,1988年に鋼鉄の橋桁に致命的な腐食がみつかり全面閉鎖に至る。架け替えをせずに,改修工事で対応するが,当初の予定期間を大幅に過ぎて,2002年に再開されるまで部分供用を強いられてきた。1975年の財政危機の時期に,適切な維持管理を長期間怠った結果である。

さて,日本の場合はどうであろうか。全国の橋梁(橋長2m以上)の総数は72万3,495施設で,全てを検査・修繕の対象としているが,2015年までに完了したのが6万3,719施設で9%の達成率となっている。トンネルは,総数が1万878施設で,完了したのが1,442施設で13%。横断歩道橋など大型の構造物は,総数が3万9,875施設で,完了したのが6,359施設で16%である(国土交通省『インフラ長寿命化計画(行動計画)のフォローアップ』2015年)。

図1 富山市の橋梁保全予算の推移(単位百万円)

出典)「インフラ老朽化対策,持続可能な街づくり~自治体の先進的取り組み事例」『社会インフラテック』2018年12月7日の報告より。

図2 富山市の土木系職員数の推移


出典)各年度の「富山市人事行政の運営等の状況」より。

こうした実情が明らかになったため,国土交通省が旗振り役となり,2014年度から各自治体は一斉点検を始めた。比較的規模の大きい重要な橋梁のうち,この点検により,老朽化が激しいことが分かった539橋について,2018年3月末時点での措置状況・方針を調査したところ,国の管理する老朽橋は,いずれも「修繕」「架替」で対応されているが,多くの橋梁を管理する自治体では,「修繕」が回答の30%,「撤去・廃止」は25%,「架替・更新」が24%,「未定」も20%あった。撤去・廃止を決めた道路橋は全国で137橋に及んでいる。都市部ではない老齢化や人口減少が進んでいる地域に目立っていることが特徴である。大多数の自治体では,毎年増大する橋梁の保全予算に対して,対応する土木系職員の減少と高齢化により,財政と人事の面で年々厳しさが増している状況である。管理橋梁約2,200橋を抱え熱心に維持管理に取り組んでいる富山市の実態をみても,こうした困難さはよく理解できる(図1および図2参照)。

実は,世間で「橋」と呼ばれる建造物は,上記のみではない。橋長が15m以上の比較的規模の大きいものだけを挙げてみても,農道に設置されたいわゆる農道橋が約3,000橋,民有林の林道に設置されたいわゆる林道橋は約5,000橋が役割を果たしている。同じ規模で比較すると国土交通省が所管する道路橋の橋梁の約半分の数になるので,全体でみると夥しい数の橋梁があるということがわかる。

こうした社会資本の老朽化は,専門家の間では以前から意識され,共有されてきた課題ではあるが,社会的には陥没や崩落といった事故が起きた際や災害によって被害が生じた時に報道され,問題にされることがあっても,「静かに着実に侵攻する劣化」は認識されにくい特徴をもっている。今日では,事故や災害による老朽化被害が散見されるようになり,テレビ等で報道されたり,新聞で特集を組まれたりすることもあり,一般的な関心は高まってきている。

日本において社会資本の老朽化の問題を一般の人びとにも理解できる形で問題提起したものの嚆矢は,おそらく1993年に放送された「NHKスペシャル『テクノパワー~知られざる建設技術の世界~』」シリーズの最終5回目の50分番組「巨大都市・再生への道」であろう。恒久的なものと認識されていた鉄や石の建造物にも,扱い次第では寿命があるのだ,と警告した画期的な番組であったが,おそらく管理を担当する行政職員は,「欧米とは違い日本は維持管理を綿密に行っているので,諸外国のような問題は起こらない」といった認識だったであろう(事実,東京都と国際連合が共催し,1993年に東京で開催された『都市経営世界会議(World Conference on Metropolitan Governance)』の討議テーマを決めるために前年にニューヨークの国連本部で開催された専門家会議において,「都市インフラの老朽化問題」を筆者は提案し,欧米からの何人かの専門家からの賛同を得たが,東京都の担当者には「直面する深刻な課題ではない」とにべもなく否定された)。

しかしながら,1999年6月27日に起きた山陽新幹線の福岡トンネルでの側壁崩落事故は,安全神話に疑問符が投げかけられる。NHKは2000年に「NHKスペシャル『コンクリート高齢化社会の警告』」という60分番組を放映し,コンクリート施工の人為的原因による脆弱性の増大を指摘しつつ,高度成長期に急速にかつ大量にコンクリート建造物を建設した日本は,構造的に老朽化の早い性質をもっている傾向があることを警告していた。だが,2012年12月2日には中央自動車道の笹子トンネルにおいて,天井板のコンクリート板が落下し,その後の調査で長年にわたり修繕が行われていなかったことが重要な原因であるとがわかった。問題は繰り返されているのである。

このように社会資本の老朽化の問題が,広く一般に認識されるようになってきたにもかかわらず,そして社会資本の維持管理を担当している関係部署の専門家は強い危機意識を有しているはずなのだが,維持管理が後手にまわらざる得ないのは,公共投資の管理手法に問題を抱えているからであろう。2008年の金融危機を受けて国も地方も財政が困難に陥り,教育や社会保障などの行政水準を維持しなければならない状況の中,新規建設でなければ可視的ではなく,単年度のみの対策としては緊急性も相対的に低い公共投資の予算が削られていく構造的な特性があり,これを改革していかなければならない。

こうした問題の先進地域は,どのような取組をしているのであろうか。ニューヨークでは,1880年頃から人口の増大に従って社会資本の整備が始まり,1930年代までには基本的な社会資本の整備は終了している。橋梁も例外ではなく,現存する主要なものはこの期間に完成しており,1964年のスタッテン島とブルックリンを結びニューヨーク湾に架かる巨大なベラザノ・ナロウズ橋がほぼ最後といってもよい。世界第4位の規模を誇る地下鉄にしても,1940年には現在のネットワークが完成しており,1989年と2015年に既存路線にほんの短い延伸を加えた新駅開設を例外として,この80年間は駅の改良や路線接続の変更以外での新規開通はみられない。世界経済の首都ニューヨークは,今でも民間投資は続いているが,公共投資に至っては,「守り」の態勢に入って80年近く経っている。

一方東京は,戦後復興の後,オリンピックが社会資本整備を加速させ,1970年代までが基本的な社会資本整備のピークであった(本サイトの「東京五輪の秘めた宿望~都市における社会資本の維持更新」を参照)。1993年に巨大橋東京湾連絡橋(通称レインボーブリッジ)が竣工し,地下鉄網も2000年に大江戸線が全線開業,2008年には副都心線が開通,続く新規計画も目白押しであるなど,まだまだ旺盛な開発が進んでいる。ニューヨークの社会資本の歴史と比較すると現在の東京は,ニューヨークの1980年前後に相当するはずであるが,公共投資はまだ「守り」に徹しきれておらず,いまだ「攻め」の投資も進められている。

ニューヨークが1975年の財政危機の時期に,社会資本の適正な維持管理に失敗し,不具合の多い社会基盤に甘んじなければならず,大規模な修繕等にその後の膨大な財政支出を余儀なくされた。日本においても,「守り」の時期を迎えた社会遺産と今なお「攻め」のために増大する社会資本を抱えながらも,高齢化社会と縮小社会の到来という社会の担い手の高齢化と社会保障費の増大,同時に税収入の減少というダブルないしトリプルパンチを喰らっている状況である。

財政が逼迫するなか,需要が膨らむ社会保障政策と公共投資をどのようにバランスさせるかは,極めて難しい課題である。政策全般にわたる管理・調整が求められている。失敗したとは言え,ニューヨークは,どのような手法を模索してきたのであろうか。
公共投資の財政統制は,単に個別の公共事業の財務管理や単年度の予算上の縛りだけでは,うまくいかない。当初予算を大幅に上回ったが途中で事業を止めるわけにもいかず,最終的には多額の負担を強いられ,他の施策に影響を与えるということは良く聞く話である。ニューヨーク市には,「資本予算」という公共投資への統制手法が採用されている。資本予算とは,通常「予算」として理解されている経常予算とは別建てで,公共事業にかかわる予算を調製および編成することで,現在および今後計画されている社会資本の需要と支出だけでなく,維持管理にかかわる需要と支出の割り出しを行うと同時に,財源の確保も示す執行計画である。

ニューヨーク市において,資本予算は1938年に導入されたが,当初は単なる公共事業計画でしかない運用であった。その後,何次かの改正の後,1975年の財政危機を経て,抜本的な改革が1978年に行われた。それまで資本予算の会計年度は,経常予算の会計年度の7月1日開始と異なり,暦年で1月1日に始まり同年12月31日に閉じられていた。このため,資本予算の策定には,公共事業費における人件費等の経常予算との関係が勘案されなければならないが,全市的見地から総合的に監督することができなかった。会計年度を経常予算のそれに揃え,両者は並行して査定を受けて策定されるようになる。2年毎にローリングする10年間の資本計画を策定し,プロジェクトの認定,基金の割当,割当の認定,業務執行に際する歳出の4段階の過程を経て,行政管理予算室と各事業部局とによって資本予算に漸次組み込まれるようになった。すなわち,総合的な公共事業の業務と財務の両方を単年度のみならず長期的な視点で管理できる体制が整えられたのである。

写真4 ニューヨークの社会資本の報告書

(出典)所有する報告書を筆者撮影。

さらに1998年には,『2000年のディレンマ:世界の首都の資本需要(Dilemma in the millennium: Capital Needs of the World’s Capital City)』というニューヨーク市内の全ての社会資本および公共施設の維持管理についての総合的で詳細な現状分析と将来予測,およびこの執行に伴う財政計画に関する大部の報告書が刊行された。ファイル形式の上下巻2分冊で総884ページである。調査は,ニューヨーク市会計検査官によるもので,市長とは独立した公選職であるが,市長および市議会に対して,市財政を監査および調査し,市の財政状況について助言し,財政政策および財務処理について勧告する権限を有している事実上の市政におけるナンバー2による報告である。この報告書によれば,例えば,先に記したウィリアムズバーグ橋の1980年時点の補修費用は9,240万ドルであったが,実際には1997年までに5億2,750万ドルを費やしており,さらに2,400万ドルが必要となっているのが現状だと指摘している。全体として,市の全ての事業部局が抱える社会資本の維持更新に関わる長期資金計画では計520.8億ドルが見積もられているが,会計検査官室の査定では918.3億ドルが見込まれ,差額が397.5億ドルであり,会計検査官室の見積もりの57%しか資金調達の目処が立っておらず,不健全な財務執行体制であることを指摘し,各市長部局に対して維持更新手法と財政計画の見直しを迫っている。緊縮財政を志向しがちな会計部門の責任者としては,異例の勧告であろう。

日本においては,個々の公共事業における財政計画はもちろん立てられており,2014年度決算からは普通建設事業費のうち「施設の耐震化工事,老朽化による改築や建替,建替に係る解体や設備の更新など」の「更新整備」と「新規整備」に要した経費を区分経理することなった。また,社会資本に関しては整備事業特別会計が組まれるが,むしろ独立王国の会計として,総合的な管理を阻害している側面の方が強いといわれている。

東京都も同じく1998年に東京都政策報道室調査部より『東京都が管理する社会資本の維持更新需要額の将来設計』という報告書を公表している。この報告書では,東京都が管理する社会資本の維持更新にかかる需要額と支出額の把握することに傾注しており,どのように資金調達をして維持管理を執行していくかについての議論は発展させていない。最近では,東京都府中市(都市整備部管理課)が『インフラマネジメント白書』(2012年・2018年)を公表し,社会資本にかかわる現状や課題の把握を整理した上で『インフラマネジメント計画』(2013年)で,現状の劣化状況や管理経費を整理しており,優れた取組をしている。

生活の基盤となっている社会資本が荒廃し,それに立ち向かう社会の担い手が高齢化して,身動きがとれなくなる前に,打つ手を探らなければならない。


鍛冶智也
鍛冶智也

明治学院大学法学部教授。専門は都市行政。
国際基督教大学大学院行政学研究科修了。東京市政調査会(現・公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所)研究員を経て,現職。国際連合本部経済社会開発局コンサルタント,行政研究所(米国ニューヨーク州)客員研究員,ホープカレッジ(米国ミシガン州)招聘教授,プリンストン大学公共国際問題ウッドロー・ウィルソン・スクール(米国ニュージャージー州)客員フェロー等を歴任。東京都,港区,三鷹市,川崎市,小諸市など多くの自治体や国土交通省など国の審議会や委員会の委員等に就任。

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