いまや政局に影響も:日本ネットメディア20年史


(ヤフーニュースを抜きに語れないネットメディア ©Tetsuji Nitta)

第2回まで既存メディアの論調を中心に、この国で「小さな政府×保守」のメディアがこの国に育ちづらい実情をみてきた。ただ、この潮流が変わるとすればネットメディアからになるだろう。そこで今回は、近未来を展望する上で必要な視点を持ってもらうため、日本のネットメディア史を概観してみたい。

ヤフーが新聞から主役を奪ったネットニュース

日本で「インターネット元年」といえるのが、ウィンドウズ95が上陸した1995年。この年はニュースサイトの元年でもある。同年8月、毎日新聞がニュースサイト「JamJam」を開設したのを皮切りに、読売新聞の「ヨミウリ・オンライン」、朝日新聞の「asahi.com」がスタートし、インターネットに新聞記事の一部を配信する取り組みが始まった。

ただ、この頃のインターネットは、いまの仮想通貨と同じようなもので、まだ一部の新しもの好きの間で利用される程度だった。日本社会にインターネットニュースの大衆化をもたらしたのは、新聞社のサイトではなく、ヤフージャパンといっても過言ではない。ソフトバンクと米ヤフーの合弁でヤフージャパンがスタートしたのは翌1996年。のちに「ヤフトピ(ヤフートピックス)」の愛称で知られるようになるが、検索サイトのトップページに、毎日新聞とロイターから提供されるニュースが表示され、やがて他の既存メディアにも拡大していった。

一方で、そのことはニュース市場の主役が既存メディアからヤフーのようなプラットフォーム事業者に移ることを意味していた。新聞社側は格安で記事を提供した反面、紙の新聞離れが深刻になり、2000年の5370万部から17年後には4212万部まで部数が減少(日本新聞協会調べ)。これに対し、ヤフーは開設から20年余でヤフーニュースの月間PV数は100億を大きく超え、いまや「インターネットのNHK」ともいえるプレゼンスを確固たるものにしている。

独立系サイトが育ちにくかった日本のネットメディア

日本のネットメディアの特徴といえるのは、欧米や韓国に比べると、マスメディアに次ぐミドルメディアとなるまで社会的プレゼンスを持つまで時間がかかったことと、当初の10年ほどは既存メディア系のサイト以外に調査・編集能力を有した独立系のメディアがほとんどなかったことが挙げられる。2002年頃のネット言論空間を、あえて極論で振り返れば、「マスコミ系の報道・言論サイトor 2ちゃんねる等の匿名掲示板もしくは個人サイト」という両極状態だったのではないだろうか。

2000年代半ばになって、元新聞記者らが「JanJan」「My News Japan」等の独立系ニュースサイトを開設したが、影響力は限定的だった。完全個人有料会員制にしている後者は、ユニクロのブラック労働問題の火付け役となり現在も生き残っているが、広告収入に依存していた前者は不況の煽りで経営難となり、10年ほどで閉鎖を余儀なくされた。

同じ時期、海外では独立系サイトが存在感をみせていた。アメリカではリベラル派の大富豪、アリアナ・ハフィントン氏が2005年にハフィントンポストを設立。日本の言論空間で匿名が横行していたその頃、当時のオバマ大統領などが同サイトに寄稿するなどして言論サイトの社会的地位を押し上げた。韓国でも2000年に市民ニュースサイトの「オーマイニュース」が創刊し、大統領選に一定の影響を与えたとされる。しかし同サイトは2006年に日本に進出したものの数年で撤退。独立系サイトが育ちにくい日本の風土を、かえって象徴するような出来事になった。

日本でネットメディアの台頭が遅れた背景としては、世界に冠たる新聞大国であることなど、既存メディアの経営基盤が世界的にみても確固たるものだった。また既存メディア側が終身雇用で特に新聞を中心に人材の流動性が低いこともあり、既存メディア並みの品質のコンテンツを安定的に提供できる人材がネットメディアに移転しづらかった。

人材移転とSNS・スマホ普及で変化の兆し

しかし2010年代の半ばになってようやく大きな変化が訪れつつある。2014年夏、東洋経済オンラインを蘇生したことで注目された佐々木紀彦編集長が、IT企業ユーザベースが運営する新興メディア「NewsPicks」に編集長として移籍。NewsPicksは佐々木氏のほかにも既存メディアでネットにも明るい人材を集めはじめ、これを機に既存メディアから人材の移転先となる「受け皿」ができるようになる。その後、米バズフィードがヤフージャパンとの合弁でバズフィードの日本版を創刊。創刊編集長には朝日新聞デジタル編集部のエース的存在だった古田大輔氏をヘッドハンティング。ほかにも朝日新聞や毎日新聞などの若手が移籍していった。

そして、人材移転によってコンテンツの「質」が上がってきたのと同時に、「量」の拡大という視点では、ソーシャルメディアとスマートフォンの普及を抜きには語れない。ツイッターが2009年、Facebookが2011年にそれぞれ日本で加速度的に普及しはじめたことで、SNSを通じてニュースが拡散する構造ができあがった。さらにスマホの普及率が2010年の9.7%から5年で7割を超えるようになり(※数字は総務省通信利用動向調査)、SNSをいつでもどこでも使えるツールになった上、スマートニュースやグノシーに代表されるニュースアプリの普及もして読者への導線が拡大する。ICT総研の調査によると、2013年に1294万だったニュースアプリの利用者は18年度には5000万人に達すると予測されている。

SNSやニュースアプリの普及は、独立系メディアが存在感を高める上で非常に大きかった。最大手のスマートニュースでは、既存メディア系のネット記事とアゴラのような独立系メディアの記事がネット上の反響に応じて並列にラインナップされることも多い。政治ニュースでいえば、選挙期間中に大手メディアが公選法や業界内の自主規制で“公平”な報道を余儀なくされるのに対し、ネットメディアでは特定の候補者に著しく有利・不利になるコンテンツもいとわず報じられる。

ネットメディアが政局に一定の影響を示す時代

※都知事選直前に波紋を呼んだNewsPicksの猪瀬氏インタビュー

典型例となったのが2016年の東京都知事選だった。選挙前日に元知事の猪瀬直樹氏がNewsPicksのインタビューで内田茂都議(当時)の存在を批判的に語り、のちに「都議会のドン」として内田氏が脚光を浴びる契機となった。あるいは、ブロガーの山本一郎氏や、のちに本サイトの主筆になる渡瀬裕哉氏が、増田寛也候補が岩手県知事時代に公債費(県の借金)を倍増させていたと指摘する記事が、自民党都連に一定の打撃を与えたとみられている。山本氏はヤフーニュースの個人ブログ「ヤフーニュース個人」で、渡瀬氏はアゴラでそれぞれ書いた記事であり、既存メディアでは週刊誌を除いて、ここまでエッジをかけて特定候補に不利になる記事の掲載は難しかったであろう。

次回は、政局にも影響力を持ち始めたネットメディアの動向について、さらに深掘りした考察を書いてみたい。

(参考文献)
『ネットメディア覇権戦争』(藤代裕之 光文社新書)
『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(新田哲史 ワニブックス)

※本稿は新田個人の見解による外部メディアへの寄稿です。必ずしも所属先を代表するものではありません。(了)


新田哲史
新田哲史


アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長 1975年生まれ。読売新聞記者(運動部、社会部等)、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政治家の広報PRプロジェクト参画を経て、2015年秋、アゴラ編集長に就任。数々のリニューアルを仕掛け、月間アクセス数も3倍増となる1,000万PVを1年で達成した。 著書に「朝日新聞がなくなる日 - “反権力ごっこ"とフェイクニュース」(共著、ワニブックス)、「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)等。

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